夕焼けに浮かんだ

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たった一度だけ黎氏が口を利いたことがある。 それは第二購買室の小窗から紅い夕日が差し込んだ刹那のことだった。「夕焼けに浮かんだ世界は」と氏は言った。 「夕焼けに浮かんだ世界は酷く美しいものですね」 僕はその通りだと思った。 そして予感した。おそらく僕はこの日、この時のことを、これから先もずっと折に触れては回想することだろう。森閑とした第二購買室、淋しく灯る裸電球、遠く聞こえる生徒たちのざわめき、静寂を身に纏った黎氏の寂寥に満ちた一言。そして世界の美しさ。 それを忘れることはおそらく一生無いだろうなと思った。 黎氏が喋ったのは後にも先にもそれきりのことだった。
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