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小さくスミマセンと繰り返しながら、再び作業に戻る。
只でさえ華の金曜日で忙しいっていうのに何時までこの男は続けるつもりだろう。勝手に撲殺されてるとも露知らず。
たった今もこのビールジョッキで殴りつけられているというのに、よく喋る喋る。
オーケイ。次はその減らず口叩けねぇように分厚いタンから手早く捌(さば)いてやる。
鋏でサクサクっと。
結局その日、十三回の殺人の中で綺麗に捌き切ったたのはたったの二回だった。
ほとんどは途中の段階で客に呼び立てられて思考の妨害を受けたか、何か別のことに頭を使わなければならなくなったからだ。
仕方がないと百目鬼は客を捌くことに集中した。
居酒屋のバイトを日付が変わるまでこなし、疲れた体を自転車に乗せて家まで運び終わった頃には月明かりも薄雲に隠れて辺りは墨汁で塗りつぶしたように真っ暗だった。
すっかり遅くなってしまった。
頭痛がするせいか、思うようにペダルを踏めなかったのである。頭にはずっと低俗な歌詞がループしていた。
中指を立てて俺はーとかいうやつだ。
家の明かりは帰りの遅い息子のためだろう、玄関の照明だけがついている。
ぼんやりと白む頼り気のない白熱灯には無数の夜光虫が集っていて、誘われるように三つ足の家守が壁を這っていた。
百目鬼は自転車を停めるとハンドルにかけていたビニール袋を提げて、いつものように玄関とは反対の方向へと歩き出した。
山に囲われるようにして建てられた二階建ての住居は近代的なコンクリート造りで、最近の田舎じゃ別に珍しくも何ともない。
けれどもそれを取り囲む大自然はまだまだ圧巻で、庭に敷き詰められた砂利を踏みしめている合間も、冷たいと感じるくらいに澄んだ空気が百目鬼の元へ強く吹き込んでくる。
人工物に晒されていない新鮮な空気が何時にもまして美味しく感じる。
家の裏に回り込むようにして庭の砂利道を進んでいくと、そのまま山の裾野へと入り込んでいく。
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