5人が本棚に入れています
本棚に追加
通い慣れた道であるから真夜中でも難なく進むことが出来る。
けれども、林を進みだすと地面に朽ちた葉に足を掬(すく)われ冷やっとした。
樹木に覆われて昼間でも満足に日が当たらない腐葉土は何時までも湿ったままだ。口から出たウオウと言う音があっという間に暗闇に吸い込まれる。
何とも心細くなって足早になった。
少し行くと開けた場所があり、古びた倉庫が現れる。木造の箱の入り口にはアルミのシャッターが降りていて、いつもと変わらぬ光景に少し安堵した。
百目鬼家は代々農家だった。
今は亡き祖父のために今は亡き父が建て替えた家と、それを囲むようにこのような小屋が点在している。
農具をしまうための物や、昔は家畜小屋だったものもある。
家の裏が山であるから度々土砂崩れや朽ちて使われなくなった物が多い。
その一つでわりかし老朽化していない納屋を自分の部屋のように使っていた。
勿論家に部屋は与えて貰っているから、別荘気分である。
百目鬼は自分とは別の誰かについて、あらゆる創造を巡らせながら倉庫の前で屈みこんだ。
別の誰かとは、百目鬼よりも先に優雅な時間を過ごしているだろう彼女の事である。
錆びたシャッターの隙間に体を滑り込ませ、コンクリートの上に散らばる細かな砂を足裏で鳴らした。
その音が薄暗闇に反響し、空間を支配する。動きのない空気と妙な圧迫感。肌に返って来た振動から察するに、今日も変わらずそれはそこにある。
百目鬼は警戒する彼女に配慮して、真っ暗闇にそっと声を掛けた。
「ただいま」
声が割りと近くで跳ね返った。近づきすぎたみたいだ。
彼女に届くよう顎を持ち上げて、もう少しだけ声量を上げる。
ただいま。
すると目の前がまあるく白んだ。
いきなり光を浴びせられて百目鬼の虹彩は慌てふためいた。
余りの眩しさに顔を背け、手で払うような仕草をすると明かりは小さくなる。彼女がこちらを照らしていたらしい。
「びっくりするだろ、やめろよ」
そう愚痴ってもぐぐもった百目鬼の声は彼女に届いていない。
よっぽどの声量を出すか、天井に向かって声を出し反響させるかしなくてはならないのが少々面倒である。
最初のコメントを投稿しよう!