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「あなたは、美木に嘘を教えたそうですね? それは、何故です?」
「…………」
「……養父を問い詰めたんです。まあ、半分は予想していたことでした。ともかく、母と関係があった男性なんですから。特殊な仲だったとして、少しも不思議は無い」
「特殊な仲?」
「…………」
「…………」
「親子鑑定など簡単に出来ますから」
「そうだね」
「……父は、もうずっと以前からそれを知っていたのでしょう。隠していた訳ですが」
「……そう。僕も、隠さなければならないと考えたんだ」
「そう……ですか」
「…………」
「失礼しました。カウンセリングの最中に妙な事を訊いて」
「いや……気にする事は無いさ。さて、続きを始めるかな?」
「いえ……もう、いいんです」
僕は手を振った。溝口さんは、訝しそうな顔をした。
「もういい、とは?」
「僕はもう、カウンセリングを止めます」
「そう……か」
「ええ……」
「…………」
重苦しい沈黙が立ちこめた。その重たい空気を何度か呼吸すると、身体がだるくなってきた。
僕はのそりと席を立った。
「それじゃ、僕はこれで……」
ドアへ向かいかける。と、背後から声がかかった。
「僕は、彼女の幻影を振り切る事が出来なかった」
「……何話です?」
「存外未練がましい人間らしくてね」
「…………」
振り切るのがためらわれた。
目の前にあるノブが、まるでえ、蜃気楼のように思えた。近いようで、遠い。
「だから、事あるごとに彼女との接触を図ったよ。まあ、虚しい行為ではあったが」
「…………」
「ともかく僕は、到底実現し得ないだろう望みを目的に、彼女と会話だけは交わしていた。そんな中で……」
「…………」
「例の依頼を、彼女に話したのだ」
「え……?」
――知っていた?
「そして、嘘を教えるように言ったのはね……彼女なんだ」
「……嘘だ……」
「そして僕が思うように、彼女こそは美木ちゃんの意図を熟知していた。何故って、彼女は君に関する限り、驚くほどの洞察力を発揮するのだからな」
「……そう……ですかね?」
「僕の推測……いや、憶測かな、ともかく、それを述べようか」
どうにかして、その口を塞ぐことが出来ないだろうか、そう考えている。
「彼女は、君と美木ちゃんの仲の、決定的な破綻を望んではないかね?」
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