第1章

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 「あなたは、美木に嘘を教えたそうですね? それは、何故です?」  「…………」  「……養父を問い詰めたんです。まあ、半分は予想していたことでした。ともかく、母と関係があった男性なんですから。特殊な仲だったとして、少しも不思議は無い」  「特殊な仲?」  「…………」  「…………」  「親子鑑定など簡単に出来ますから」  「そうだね」  「……父は、もうずっと以前からそれを知っていたのでしょう。隠していた訳ですが」  「……そう。僕も、隠さなければならないと考えたんだ」  「そう……ですか」  「…………」  「失礼しました。カウンセリングの最中に妙な事を訊いて」  「いや……気にする事は無いさ。さて、続きを始めるかな?」  「いえ……もう、いいんです」  僕は手を振った。溝口さんは、訝しそうな顔をした。  「もういい、とは?」  「僕はもう、カウンセリングを止めます」  「そう……か」  「ええ……」  「…………」  重苦しい沈黙が立ちこめた。その重たい空気を何度か呼吸すると、身体がだるくなってきた。  僕はのそりと席を立った。  「それじゃ、僕はこれで……」  ドアへ向かいかける。と、背後から声がかかった。  「僕は、彼女の幻影を振り切る事が出来なかった」  「……何話です?」  「存外未練がましい人間らしくてね」  「…………」  振り切るのがためらわれた。  目の前にあるノブが、まるでえ、蜃気楼のように思えた。近いようで、遠い。  「だから、事あるごとに彼女との接触を図ったよ。まあ、虚しい行為ではあったが」  「…………」  「ともかく僕は、到底実現し得ないだろう望みを目的に、彼女と会話だけは交わしていた。そんな中で……」  「…………」  「例の依頼を、彼女に話したのだ」  「え……?」  ――知っていた?  「そして、嘘を教えるように言ったのはね……彼女なんだ」  「……嘘だ……」  「そして僕が思うように、彼女こそは美木ちゃんの意図を熟知していた。何故って、彼女は君に関する限り、驚くほどの洞察力を発揮するのだからな」  「……そう……ですかね?」  「僕の推測……いや、憶測かな、ともかく、それを述べようか」  どうにかして、その口を塞ぐことが出来ないだろうか、そう考えている。  「彼女は、君と美木ちゃんの仲の、決定的な破綻を望んではないかね?」
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