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ふたり黙ったまま、ゆっくりと歩く。
虫の音と葉擦れの他には、全く音が無いかのような世界だった。と、音が加わった。
「ねえ……聡人」
「ん?」
「私たち……ふらりっきりね」
「…………」
「気が付いてる? 辺りに、誰も居ないわ」
「ああ……そうだな」
「私、嬉しい……」
「…………」
「あなたと私、ふたりっきりで……」
――ひゅう……!
風が吹き渡り、前髪が一瞬視界を覆った。
ある種の悟りを、僕は得た。
溝口さんの憶測は、憶測では無かった。それは、真実だった。
澄子は排除したかったのだ。
溝口さんを。
そして、
美木を。
もしかしたら、美木の行動をそれとなく誘導したかもしれない。澄子の、その演技力は十二分に証明されている。
僕たちの不仲を相談する振りをし、同時に僕が美木を好いているらしいと仄めかす。それは、美木の行動の弾みになるだろう。一方で、溝口さんにも働きかける。
美木に対する嘘。
僕への暗示。
溝口さんの望みを、澄子は知っていた。つまり、澄子と僕の決別。それを可能にする因子は、美木だけだった。そして僕は、溝口さんの心の裡に対面する運びとなった。
勘違いをしていた。
僕は、澄子に対して優位になど立っていなかったのだ。むしろ――。
僕は微かに頭を振った。
「どうかした……?」
澄子が顔を覗き込んでくる。
「いや……」
僕は、空気が漏れるような声を出した。それは、プロバビリティに過ぎない。そして、澄子にとっては危険な賭けでもある。それでも、澄子は――。
「澄子……俺のこと、好きか?」
「え?」
「言ってくれないか? 聞きたいんだ」
しばしの無言の後、澄子は囁いた。
しっかりとした声音で。
「愛しています……」
ふたり。
この世にふたりを、澄子は望んだ。
「でも、どうしたの? 急に」
そう言って、笑みを浮かべた。
僕の好きな笑み。
全てを包み込むような。
それは、物心ついた時からずっと渇望していたもであると、今、気が付いた。僕に遂に与えてくれなかった。
――かあさん。
僕は笑みを浮かべた。
「いや……何でも無いんだよ」
そして、澄子の身体を強く引き寄せる。
決して離れたくないと思った。
澄子に、僕しか居ない事を強く願っている。
そして僕には、澄子しか居なかった。
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