第1章

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 ふたり黙ったまま、ゆっくりと歩く。  虫の音と葉擦れの他には、全く音が無いかのような世界だった。と、音が加わった。  「ねえ……聡人」  「ん?」  「私たち……ふらりっきりね」  「…………」  「気が付いてる? 辺りに、誰も居ないわ」  「ああ……そうだな」  「私、嬉しい……」  「…………」  「あなたと私、ふたりっきりで……」  ――ひゅう……!  風が吹き渡り、前髪が一瞬視界を覆った。  ある種の悟りを、僕は得た。  溝口さんの憶測は、憶測では無かった。それは、真実だった。  澄子は排除したかったのだ。  溝口さんを。  そして、  美木を。  もしかしたら、美木の行動をそれとなく誘導したかもしれない。澄子の、その演技力は十二分に証明されている。  僕たちの不仲を相談する振りをし、同時に僕が美木を好いているらしいと仄めかす。それは、美木の行動の弾みになるだろう。一方で、溝口さんにも働きかける。  美木に対する嘘。  僕への暗示。  溝口さんの望みを、澄子は知っていた。つまり、澄子と僕の決別。それを可能にする因子は、美木だけだった。そして僕は、溝口さんの心の裡に対面する運びとなった。  勘違いをしていた。  僕は、澄子に対して優位になど立っていなかったのだ。むしろ――。  僕は微かに頭を振った。  「どうかした……?」  澄子が顔を覗き込んでくる。  「いや……」  僕は、空気が漏れるような声を出した。それは、プロバビリティに過ぎない。そして、澄子にとっては危険な賭けでもある。それでも、澄子は――。  「澄子……俺のこと、好きか?」  「え?」  「言ってくれないか? 聞きたいんだ」  しばしの無言の後、澄子は囁いた。  しっかりとした声音で。  「愛しています……」  ふたり。  この世にふたりを、澄子は望んだ。  「でも、どうしたの? 急に」  そう言って、笑みを浮かべた。  僕の好きな笑み。  全てを包み込むような。  それは、物心ついた時からずっと渇望していたもであると、今、気が付いた。僕に遂に与えてくれなかった。  ――かあさん。  僕は笑みを浮かべた。  「いや……何でも無いんだよ」  そして、澄子の身体を強く引き寄せる。  決して離れたくないと思った。  澄子に、僕しか居ない事を強く願っている。  そして僕には、澄子しか居なかった。
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