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夜になって夫が帰宅した。なんとなく機嫌が悪そう。
でも今夜離婚を切り出すことは、雪菜の電話のあとから決めていた。パートに行きがけに入金も確認してきた。
それにしても、ポンと200万もの現金を出せるなんてね。きっと結婚のためにコツコツ貯めてきたに違いない。
風呂を済ませ、ビールを手酌でやり出した夫に、私は声を掛けた。
「ちょっといい?話があるんだけど」
夫はビールを飲みかけたまま固まった。
「なに?」
びっくりしてる。こんな会話さえ久しぶり。
私は内心の興奮を抑えるのが大変だった。このシーンを何度想像してきたことか。やっと夫に告げる時がきた。
夫婦の距離感は、心の距離感。私は、狭いLDKのダイニングスペースにいる夫に向かい合うのに、リビングのソファーに腰掛けた。
「離婚、しない?」
結婚を決めた時みたいに、あっさり決まればいいけど。
夫は無言で、ビールが半ば残ったグラスを置いた。その目は久しぶりに私の顔を見つめていた。なにかを探るように。
「なんだよ、急に・・・本気か?」
まさか冗談なんて。私たち、そういう空気ないじゃん。
心の中で突っ込みながら、余裕の微笑みを見せた。
「別にいいでしょ?なんか問題ある?」
夫はため息をついた。浮気のことがバレた、いやバレてないとの葛藤が見えるようでおかしかった。
「問題、はないけど。このままだって別に問題はないだろ?離婚なんて面倒じゃないか」
なんて人なんだろう。やっぱり彼女とは遊びなんだ。その上、私をこんな結婚に縛りつけて不幸にしてるのに。
ムクムクと怒りが湧いてきた。でも感情的に話し合うのは苦手だ。堪えなきゃ。
「無責任過ぎるよ」
「え?」
「女をなんだと思ってるの?」
馬鹿みたいに口をパクパクして、『え?』を繰り返す夫に、更に畳み掛けた。
「瀬川雪菜」
あ、という音はなかったが、夫は確かに『あ』と言った。
そうそう、バレてますよ。
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