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「お待たせしました」会釈と同時に雪菜はこう言った。まずは私の出方を見るんだろうな。
「夫へは連絡できた?私が来たって」
私は、歳上の貫禄、妻の貫禄、あらゆる立場の上位を見せつけるかのような、含みのあるのんびりとした口調で話していた。もちろん、こうしようとしていたわけではない。言わば咄嗟の本能だった。
雪菜は、「いいえ、何も・・・」と小さく答え俯くと、赤らむ顔を歪めた。
『そうよ、バレちゃったのよ』
私は、この可哀想なひとに同情していた。
夫なんか好きになるからよ。私のような女が妻でごめんなさいね。
「そう。なら、ここは女同士の話し合いということで」
コホンと間を置いて、雪菜が顔を上げて頷くのを見つめた。
「夫とは遊び?本気の遊びか、若しくは遊びではなく、私から略奪してでも一緒になりたいと思ってる?」
私のゆっくりとした問いかけは、雪菜の表情をコロコロと変えさせて、その心情が手に取るようにわかってしまう。
『遊びだなんて、ね。思ってないよね。略奪?まさか!そうよねぇ。夫婦は上手くいってないらしいから、あわよくば程度に夢見ていただけ。でしょ?』
意地悪い私。何しに来たんだっけと我に返る。
「すみません・・・でした」雪菜の声は消え入りそう。
「でした?もう終わりにするつもり?バレたらやめようと考えていたの?」
私の計画は、ここであっさり彼女に引き下がられては台無し。
「あ・・・遊びなんかじゃないんです。ただ、気がついたら、もう・・・」
私は黙って、雪菜の震える口元を見つめていた。
「すみません・・・私・・・突っ走って・・・でも、まさ、ご主人への気持ちは真剣なんです」
今、雅文の名を口にし掛けた。ふん、だ。真剣って、命懸けてるわけ?
「真剣だと言うなら、私に対して誠意を見せて」
「え?」
雪菜のキョトンとした表情。これまでのどの表情より可愛かった。
「私に、慰謝料を払いなさい」
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