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妻の立場で言うことではないが、自然な流れで夫と瀬川雪菜の関係は深まっていった。
逢瀬はいつも彼女の部屋で、手作り料理を褒める夫の言葉は、私には一度も掛けられたことのない暖かみのある褒め言葉だった。
『そういうこと、言える人だったんだ…。』
その時の私は嫉妬心さえ湧かず、恋愛小説を読むような感覚でメールを読んでいた。
浮気の証拠集めは復讐ではなく、ただ、別れるための正当な理由欲しさだ。夫を悪者にして自分に利益のあるようにと。
浮気の証拠と言えば密会写真。
私は夫を尾行することにした。
大抵の金曜日はほぼ飲み会と夫言。密会は金曜日に違いない。
それに、最近気がついたのだが、金曜日は新し目のワイシャツとネクタイをして行く。気にしなければ気がつかないが、そうと思えば本当に分かり易い人だ。
夫の会社の住所は、名刺を見たら一目瞭然。私は初めてその場所へ行くことになる。
退社時刻直後、大勢の人が建物から吐き出された。その群衆の中に瀬川雪菜がいたかもしれなかった。
会社の前で待つこと15分。夫の姿を見つけると、まるで狩猟犬のようにその背中を追った。
通勤のJRでなく地下鉄に乗り込むと、夫は何やらメールを打っていた。
恐らく今出たと彼女に知らせたのだろう。
全く・・・こんなマメな男とは知らなかった。
私は隣の車両に乗り込んだが、特に隠れることもなく自然に振る舞う。マスクとか眼鏡とか、小細工もせずに。
なんとなく、絶対に夫には気づかれないと確信していた。
こんな時間、こんなところに私がいようとは、夢にも思ってない故に。
例え目前に立ったとしても、夫は私を認知しないだろうと。
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