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初めて梓を見たのは、朝の澄んだ空気の中だった。
走ってきた彼女は、ふと立ち止まり後ろを振り返った。あとから来る仲間を気にしていたんだろう。
僕は土手の草むらに居たので、見上げる形だった。
まだ色濃くない青空を背景に、スッと首筋を伸ばした彼女は
東山魁夷の絵に出てくる馬のようだった。
本野に言ったら
『女の子を馬に例えるな』
と呆れられたので梓には言えないけど。
風景の中に溶け込んでいるのに染まらず、凛と立つ様子は、特別だった。
少なくとも、僕にとって。
強いようで、しなやかで、照れ屋で、
揺れて、甘えない。
少しずつ梓のパーツが増えていくにつれ、描きたいという思いと色が変わっていくのを感じた。
触れても目をそらさなくなって、名前を呼ぶようになって、この関係に強固な枠を与えて自分のものにしたいと思いながら。
描いて、今の気持ちを閉じ込めたいと思ったんだ。
思い出すときに青色を纏っていた彼女は、今では違う。
画材屋で選んだ色を重ねる度に表情を変える。
あの頃より、ずっと僕の中に梓が増えている。
「今回のは少し雰囲気が違うね」
講師が覗きこんで言った。
「そうですか?」
「うん、柔らかいというか。
妙な色気があるよ」
欲望を言い当てられたようで、床に目を落とす。
「ああ、変な意味じゃなくて。土屋に欠けていたのは多分そういうもんだから」
欠けていたもの。
「揺らぎとか迷いとか、それがあるから色気って出てくるもんだと思うんだよね。土屋の線は厳しいから、ちょうど良い」
変化したのは梓だけじゃなかった。
分かっていたけど他人の目にもそういう風に映るのは、こそばゆかった。
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