第1章

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初めて梓を見たのは、朝の澄んだ空気の中だった。 走ってきた彼女は、ふと立ち止まり後ろを振り返った。あとから来る仲間を気にしていたんだろう。 僕は土手の草むらに居たので、見上げる形だった。 まだ色濃くない青空を背景に、スッと首筋を伸ばした彼女は 東山魁夷の絵に出てくる馬のようだった。 本野に言ったら 『女の子を馬に例えるな』 と呆れられたので梓には言えないけど。 風景の中に溶け込んでいるのに染まらず、凛と立つ様子は、特別だった。 少なくとも、僕にとって。 強いようで、しなやかで、照れ屋で、 揺れて、甘えない。 少しずつ梓のパーツが増えていくにつれ、描きたいという思いと色が変わっていくのを感じた。 触れても目をそらさなくなって、名前を呼ぶようになって、この関係に強固な枠を与えて自分のものにしたいと思いながら。 描いて、今の気持ちを閉じ込めたいと思ったんだ。 思い出すときに青色を纏っていた彼女は、今では違う。 画材屋で選んだ色を重ねる度に表情を変える。 あの頃より、ずっと僕の中に梓が増えている。 「今回のは少し雰囲気が違うね」 講師が覗きこんで言った。 「そうですか?」 「うん、柔らかいというか。 妙な色気があるよ」 欲望を言い当てられたようで、床に目を落とす。 「ああ、変な意味じゃなくて。土屋に欠けていたのは多分そういうもんだから」 欠けていたもの。 「揺らぎとか迷いとか、それがあるから色気って出てくるもんだと思うんだよね。土屋の線は厳しいから、ちょうど良い」 変化したのは梓だけじゃなかった。 分かっていたけど他人の目にもそういう風に映るのは、こそばゆかった。
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