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男は下唇をさすりながら、返事をするでもなく首を振るでもなく、まるで教授の声など聞こえなかったかのように、じっと視線を床に這わせていた。 教授はこの男からの返事を早々にあきらめて、かたわらに立つ女を見上げる。 「おまえはどうだ。まあ、知らんだろうな」 教授はなんの脈絡もなく女の尻をひとなですると、甲高い下品な声で笑った。 派手でもあり趣もある渡来の調度品が並ぶ個室内。 扉も窓も閉めきられたそこには、教授を囲むように四人の人物がいた。 梅里、棚橋、黒ジャケットの男、そして女。 女は教授の秘書だ。 「そうか、誰も知らんのか、じゃあ説明してやろう」 教授は、そうつぶやくと全員を見回してから、右手のグラスビールをひと口であおった。 その指には、三つも指輪がはめられていた。 ひと目で高額だとわかる、まがまがしい金細工。 「アゲハヒメバチってのはなあ、蜂だ、蜂。それも寄生蜂の一種でな。まあ、広い意味で言えば、寄生虫の仲間みたいなもんだ。寄生虫くらいは、知ってるだろ。動物の体の中に住みつく、アレだ。犬とか猫とか、豚や牛にも住みついてる。人間だって例外じゃない」 教授はしたり顔を浮かべる。
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