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梅里裕一は、直立の姿勢で課長の目の前に立っていた。
コツコツと部屋中に響いてる音は、猿渡課長が机を叩く音だ。
この癖が出ている時は、課長が苛立っていることを示す。
だからこそ梅里は、直立の姿勢をくずすわけにはいかなかった。
猿渡課長は、黙したまま、その鋭い狐目で梅里をにらみつけていた。
沈黙は五分ほども続いただろうか。
永遠に続くかと思えた沈黙を破ったのは、猿渡課長のほうだった。
「これは何だ?」
課長の机の上には、一通の封筒があった。
あごで指し示す。
コツコツと机を叩く音が、少し早まった気がした。
「そこに書いてある通り、辞表です」
梅里は、できるだけ冷静さを保とうとしていた。
内心の怯えを必死で隠すため、抑揚のないしゃべり方になった。
「そんなことは、わかってるよ。おまえ、馬鹿にしてるだろ。辞表も読めないのかって」
梅里がこの仕事について、いろはを教えてくれた佐々木を兄とするならば、炊きつけ、諌め、見守ってくれた猿渡課長は、父親のような存在だ。
鋭い狐目は、梅里のすべてを見透かしていた。
「馬鹿にしているつもりはありません」
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