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「馬鹿にしてるじゃねぇかよ。昨日まで馬車馬みてぇに働いてた男が、今朝になって神妙な顔つきでこんな紙切れ持ってきて、辞表だと?」
机を叩く音が、早さを増した。
怒鳴られるのは承知の上だ。
いつもならすくみ上がってしまう自分だが、それでも、この決断を変えるつもりはなかった。
たとえ仕事を教えてくれた兄や父に背を向けたとしても。
「一身上の都合により・・・」
「そんなゴタクは聞きたかねぇよ、梅里。未成年者への薬物蔓延をくいとめたいって、志望動機に書いたのは嘘だったのかよ。いつも先走った捜査して、俺に始末書を書かせるくらいの熱さは、どこへ行ったんだよ。六月の多摩川沿い大麻抜去に参加するって、意気込んでたのは何なんだよ。薬物更生施設の訪問を、進んで手を上げてたのはどこの誰だよ。おまえを慕って更生しようと頑張ってる少年を、見捨てていくのかよ。継続中の捜査はどうすんだ。提出されてない書類が山ほどあるぞ。全部放り出して、辞めさせてくれだなんて、こんな馬鹿な話が他にあるか!」
猿渡課長が感情に任せて、机をぶっ叩いた。
その怒りは当然だと、梅里も思っていた。
しかし、自分はすべてを放り出すつもりはなかった。
それらを真剣に考えたからこそ出た結論だった。
東南アジアからのドラッグ流入ルート解明。
そのためには、思い切った潜入捜査が必要だ。
以前に佐々木の口から出た言葉は、梅里の心の中で幾度も繰り返されていた。
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