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しかし棚橋は、蚊の鳴くような声で「私の仕事ですから」と頑なに譲ろうとしなかった。 そんな憂いも、埼玉に入ると消し飛んだ。 道沿いに進むだけの簡単なルートになったからだ。 しかし、もともと寡黙だけが取り柄のような棚橋では、話し相手にならなかった。 梅里は、退屈極まりないドライブを、鼻歌でまぎらわすしかなかった。 三国街道を迂回するように、群馬から長野へと向かう山道で、後をつける車に気づいた。 シルバーのSUVだ。 不穏な気配に、先に行かせた方がいいかもしれないと思った矢先、事態は動いた。 SUVは、棚橋の運転する車を急激に追い越すと、道を塞いだ。 SUVの横腹に激突した瞬間から、記憶が細切れになった。 ガードレールへと突っ込む衝撃。 木立の生える急斜面を落下していく感覚。 目の前に映った巨大な木の幹。 そして世界が暗転する。梅里は気絶したのだ。 どれくらい気を失っていたのだろうか。 耳を澄ますと、ガスの抜けるような音や、カタカタと何かが空回りする音が聞こえる。 あたりを見渡そうとして、首に強烈な痛みを感じた。
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