202人が本棚に入れています
本棚に追加
しかし棚橋は、蚊の鳴くような声で「私の仕事ですから」と頑なに譲ろうとしなかった。
そんな憂いも、埼玉に入ると消し飛んだ。
道沿いに進むだけの簡単なルートになったからだ。
しかし、もともと寡黙だけが取り柄のような棚橋では、話し相手にならなかった。
梅里は、退屈極まりないドライブを、鼻歌でまぎらわすしかなかった。
三国街道を迂回するように、群馬から長野へと向かう山道で、後をつける車に気づいた。
シルバーのSUVだ。
不穏な気配に、先に行かせた方がいいかもしれないと思った矢先、事態は動いた。
SUVは、棚橋の運転する車を急激に追い越すと、道を塞いだ。
SUVの横腹に激突した瞬間から、記憶が細切れになった。
ガードレールへと突っ込む衝撃。
木立の生える急斜面を落下していく感覚。
目の前に映った巨大な木の幹。
そして世界が暗転する。梅里は気絶したのだ。
どれくらい気を失っていたのだろうか。
耳を澄ますと、ガスの抜けるような音や、カタカタと何かが空回りする音が聞こえる。
あたりを見渡そうとして、首に強烈な痛みを感じた。
最初のコメントを投稿しよう!