第1章

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 私はなにかとオズの魔法使いを思い出す。  知識のないかかし、心のないブリキの人形、勇気のないライオン……それは形を持って手に入れる物ではないのに、それを求めて旅をする、ドロシーの3人のお供が好きだった。  ――心のないブリキの人形が好きだった。  心がないから好きな女性に振られたのだと嘆く人形が、滑稽で笑われている姿が、私に似ている気がしたから……。  「はぁ……」  ポケットからラムネ用の、凹凸のある栓抜きをとりだし、ぐっとビー玉に押し込もうとする。  「あ、やらせてやらせて!」  「……はい」  あっさりと元気になった少年にラムネ瓶を渡して、2時間前に座っていたベンチに腰掛け、再びため息をついた。  「……とりあえず、生きて帰って来れたわね」  あのおじいさん、心臓発作で死ななければいいけれど。  ――ぽん!  「あはははは、冷たっ」  少年が泡立つ瓶を持って、わたわたとこちらに走り寄ってくる。  「ほら、泡が全部こぼれちゃうよ」  「ありがとう」  受け取ったラムネを傾けると、ヒリヒリするような炭酸の感触が、喉を伝って胃に落ちるのが分かる。  からり――と、溝にはめるのに失敗したビー玉が栓になって、流れが止まる。  少々、炭酸が苦手になってきたようだ。  「ふぅ……残り、飲む?」  「うん!」  少年は間接キッスとか余計なことは言わずに、舌でビー玉を押えて、ゴクゴクと美味しそうにラムネを飲み干した。  「ぷはぁ~」  「あはは。このビー玉欲しいけどとれないんだね? 割っていいかな?」  「駄目だよ……瓶はちゃんと返さないと」  「そっか。じゃあ返してくるから、萌ちゃんはココで待っててね」  彼は自分の分も含めて、瓶を抱えて走りだした。  その背を見送り、ふと――。  「あ、走ると危ないよ」  「え?」  ――カツン――バタ――バリン!  「…………」  「…………」  少年が立ち上がり、瓶の欠片を足で道の端に寄せる。そして、何事もなかったように戻ってきた。  「ビー玉」  「良かったわね」  私は彼の服の汚れをはたいて、頭をなでて、このまま握りつぶしてやろうかと考えながら微笑んだ。  ビー玉には、世界が逆しまに映っている。  「兄様が欲しい」  「そう……それがずっと欲しかった物でしょ」  少年は、さも当然と頷く。  「できるの?」
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