第1章

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 いつの世の物語にもはじまりはある――。  それは往々にして、女性独特の気紛れと、不必要な勇気と、純粋な好奇心からはじまることが多い。  それに関わった場合、男性はまず、野良犬に噛まれたと思って諦めることが肝心だ。  上代蒼司の入院手配より抜粋    8月2日(木) ――午後12時7分  その時、私は自分がもの凄く頭にきていることを自覚していた。しかも、その怒りの矛先が自分であるため、その心中といったら、この夏が雪の降る世界のように涼しく感じられるほどと言っても過言ではない。それほど私の心中はグツグツと煮えたぎっていたのだ。  「…………はぅ」  あっさりメルトダウン。  神社の賽銭箱の前に座り込んで、ため息なんてついてみる……まったく、自身が暑苦しいこのこの上ない。  「いけない……上代萌ともあろう物が、こんなところで油を売ってるなんて」  口で覇気をだそうとしても、肝心の身体が動いてくれない。  白のTシャツ1枚に、レモン色のミニスカートという出で立ちで、はしたないけれど、足を伸ばして地面に落書きをしていく。  ドジ。  ドジ。  ドジ。  「なんてドジなの……」  賽銭箱に寄りかかると、中でジャラ、と小銭がぶつかる音がした。  いや、それを確かめるために、無意識に背をそらしたのかもしれない。この中に、どれほどのお金が入っているのかを……それを抜き取るための手段と一緒に。  邪な考えだ。  ――結論から言って財布を落としたのだ。  もらったばかりのバイト代入りの財布を。  「とにかく、そんな子供みたいな犯罪くさいことを考えていなで、なんとか大人の打開策を見つけないといけないわ」  私は頬杖をついて、ゆらゆらと陽炎を立ち上らせる地面を見つめた。  もう1つ結論から言うと、上代家は貧しい。  なにせ兄妹2人だけの生活である。両親の残してくれた微量の遺産はあるが、主だった収入がないので、基本的に通帳の残高は減少していくだけで余力はない。  そして、その財布の中身というのは、病院に入院している兄様の入院費なのだ。  「つまり、なんとしてでも財布を見つけるか、最善の金策をしなくてはいけないわけですね」  ふふふ、とピンチなのに、わけの分からない笑みがこぼれてしまう。こういうのは兄様の癖がうつったものだ。
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