第1章

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 嘘をついていない。そう仮定しようと思った。  そこを信じないと先に進めないし、人を信じない者は相応の報いを受ける――そう兄様に言われていたから……。  この場合は、信じる私が愚かなのかもしれないけれど。  私は腰に手を当てて頷く。  「名前の件に関しては譲れませんが、分かりました。では、私の欲しい物を言います」  「うん」  「お財布」  「財布?」  少年が目を丸くする。  「財布? そんなんでいいの?」  繰り返す。  「はい。大切なお財布をなくしたので」  「……分かったよ」  少年は袖に手をいれると、うんしょ、とかけ声を出して何かを引っ張りだした。  「はい、お財布」  それは、見るからに高そうな、成人男性向けの黒光りする財布だった。  「……それ、あなたの?」  「違うよ。これは萌ちゃんのだよ」  少年は何か不服そうに呟く。  「あぁ、ごめんなさい」  私はしっかりと頭を下げた。  「私が欲しいのは、どこかで落とした財布のことなの」  「あ~、良かった。こんな財布がプレゼントだなんて僕も嫌だからね」  少年は笑って、袖に財布を戻す。  「でも、そうか……なるほどね」  「? なにが?」  「いや、いいんだ」  彼は満足げに頷いている。  「それじゃあ、一緒に財布を探して上げるよ……その間に、本当に欲しい物を考えておいてね」  ジングルベルを口笛で吹きながら、少年は道の草をかきわけながら歩き出す。  なに一体?  日焼けがきになる暑い暑い太陽の下、私は呆然と立ちつくしていた。  ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る――。  クリスマスの歌を思い浮かべながら、私は軽い立ちくらみを覚えていた。  青い太陽。  白い風。  青い雲。  少女は狭くなった冬の空を見上げていた。  私は意外と近くで、そんな少女を――2人の少年少女の姿を見つめることになった。  彼女の名前は白河さやかと言うらしい。  はっきり言おう。  私には彼女が眩しかった。  冬にして、夏の太陽のように、ひまわりのように笑う少女が羨ましかった。  兄様と絵の話をして、共通の趣味の話を対等に――時の上にいる人間として語っていた。  2人に交ざって、私も一緒に絵を描いたことがある。  下手くそだった。  とてもとても下手くそだった。  けれど、その絵を見たさやかは微笑んでくれた。
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