第1章

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 「……なんで萌ちゃん、って呼ぶの?」  「萌ちゃんは萌ちゃんだから」  やはり即答なのだが、この子の言葉はストレート過ぎて逆に分かりづらい。  質問が悪いのだと諦めよう。  「あのね。ちゃん付けで呼ばれるような関係じゃないでしょ私たち」  「なんで? だって僕はそ蒼司くんの子供なんだから、萌ちゃんのお兄さんでしょ……あれ?なんかおかしいな」  少年は、私の質問とはさらに違うレベルの間違いに唸りだしてしまった。  永久に答えのでそうにない問題。  そう。  私と兄様の関係にも、永久に答えはでそうにない。  ……いや、最近では、途中の式が理解できないのに、答えだけが現れてしまいそうな雰囲気がしていた。  この少年の存在を肯定するように――兄様と白河さやかの結婚という答えが。  「そうね……」  見つけた。  私には、確かに欲しい物があった。  少年は考えるのにも飽きて、また回していたラムネの瓶を止めた。  緑色の光が、私の目を――世界を染めている。  「思い出した? 欲しい物」  「兄様」  「そうだね。君はずっとそれを欲しがっていた」  ずっと。  ずっと、と少年が繰り返す。  「……あなたは誰? そんな子供みたいな言動は演技でしょ?」  私の言葉に、しかし彼は、なにを聞かれているのか理解できないと眉をしかめていた。  「本当に兄様の子供なの?」  「僕は上代蒼司の――」  ガー、という音が声を遮った。  2人して顔を上げると、走り込んできたバスの扉が、空気の音とともに開いた。  「乗るの?」  運転手という職業に不釣り合いな、長い髪のきれいな女性が首をかしげた。  「いいえ。財布を落としていてお金もないので」  「そっか……ちぇ」  彼女はハンドルの頭をのせて、深々とため息をつく。  「あのさ、隣町までドライブしない? 暇なのよこの路線。誰も乗客が乗っていない運転手の苦しみが理解できる?」  「さぁ?」  理解できるかの前に、したくない。  「タダでいいからさ」  「僕、乗りたいな……」  私が断りの声を上げる前に、少年が本当に指をくわえて呟いた。  「…………」  「…………」  運転手と目が合う。  彼女はニタニタと笑いながら、ポケットから取り出した煙草に火をつけた。  「……お金持ってないですよ私たち」  「タダでいいわよ」
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