第1章

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 彼女はしてやったりと煙草を吐き出す。その仕草が、なんとなく様になっているのが悔しい。  「乗るの萌ちゃん?」  少年が、さきほどまでのシリアスさを吹き飛ばすような黄色い声を上げる。  「……萌ちゃんと呼ぶのを止めたら乗せて上げる」  この年の子供はアイドルよりも、乗り物と怪獣と超合金なのだろうか?  「分かった。もう呼ばないよ萌ちゃん」  「はぁ……分かったわよ」  笑う子供と兄様には敵わない。  不承不承にステップを踏んで、運転席の女性に頭を下げる。  「それでは、往復120分の峠ドライブをお楽しみ下さ~い♪」  女性はそう言って、なぜか懐から指に穴が空いた手袋をとりだし、煙草をくわえた唇を器用に舌で舐めた。  「……ふふふ、バスがドリフトできるとこを見せてやろうじゃないか」  赤い月。  停止した風。  赤い雲。  少女は――私はクリスマスの空を見上げていた。  そうか、今日はクリスマスだったのだ。  はじめて3人で絵を描いて、それを破るために家を抜け出した日は、なんの因縁か12月25日だった。  両親が亡くなって、はじめて訪れ、はじめて何事ともなく終わろうとしている聖なる夜。  空気が鋭い。  冷たい。  神社の鏡内は――キンと耳が痛くなるほどの静謐だった。  怖いと思ったけど、それ以上に、幼い私には神社という環境が必要だったのだ。  私はその絵が嫌いではない。むしろ、兄様やさやかに色々と指導されて、心を込めて丁寧に描いた絵を愛していた。  だから、夜中にこっそりと、その絵を破いて捨てようと思った。  ただ、それは絵のせいではないのだから、ちゃんと供養できるところに捨てようと思ったのだ。  「ごめんね」  私はその絵を引きちぎった。  風が吹き出した。  その絵をイメージする色は――赤だった。  ………………。  …………。  ……。  「それじゃあね~♪」  髪の長い運転手は微笑み、1人だけ乗り込んだおじいさんを乗せて安全運転で走り去った。  「…………」  「…………」  うっぷ……。  「気持ち悪いです」  「萌ちゃんごめん……僕、もう二度とバスに乗ろうなんて言わないから」  少年も私と同じようにうなだれてまま、胃の辺りを押えて立ちつくしていた。  私は無言で首を振り、まだ空けていなかったラムネの瓶を見つめた。  エメラルド色の世界。
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