崩れ然る固定観念

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  いつもは寒さなんか 感じないから、 上着は持ってきてない。 パーカーでも買わなきゃ、 夜は寒い。 開け放されたまま 閉まらないドアにもたれ、 誰かが忘れてった 煙草を咥えて火を点ける。 庇が壊れているから、 時々顔にも雨の滴が当たった。 それを拭うこともせず、 真っ暗な空を見上げる。 ──“とにかく、少し空でも見てろ” 記憶から浮かび上がってきた 藤堂さんの言葉が、 冷たい脳みそに じわりと染み込んだ。 心底俺を心配してくれた低い声は、 穏やかで優しい。 ……なんだろう、今、 ものすごく赤ん坊の頃に戻りたい。 マザコンじゃないが、 母さんに抱かれて 安心しきっていた頃のことを、 憶えている気がした。 .
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