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「すごかったよ。テルはよくやった」  クニも重ねていう。 「ああ、ほんとにすごかった。カザンのやつ、袴を血で汚されて怒り心頭ってやつだから。おまえのでなくて、やつの血だからな」  テルは顔だけあげて、カザンに目をやった。意気揚々と引き揚げていくところだ。袴の裾の血はテルの大出血に比べれば、かすり傷程度である。 「握撃は足首か。残念だ。やつの手首くらいなら、ひねり潰(つぶ)せると思ったんだが」  ジョージが涼やかな声でいった。 「見事だった。カザン対策のお手本を見せてもらった。あとはゆっくり休んでくれ」  異様な静けさだ。タツオはジョージを見た。微笑(ほほえ)んでいるが、この少年が腹の底から怒っているのがわかった。氷のように冷たい風が吹きだしてくるようだ。テルは頭を担架に落し、左手で顔を覆(おお)った。 「ああ、わかった。頼んだぞ、ジョージ、タツオ。カザンのやつをなんとか止めてくれ」  どんなに厳しい訓練でも弱音を吐いたことのないテルが涙声でそういう。タツオの心のなかに火がついた。どんな手段をつかっても、たとえ自分の身体がどうなっても、カザンを倒すのだ。東園寺家と五王(ごおう)財閥の野望は挫(くじ)かなければならない。
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