第1章 土佐桐耶と愉快な少女たち

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「また一段と強くなったな。私の負けだ」  土佐桐耶は、長い黒髪を人撫でしてから、微笑んでそう言った。 「ありがとう。……でも、まだまだよ。だって、高校に入学してからの275戦中87勝188敗なのよ? あなた、私の二倍は勝ってるじゃない」  憤慨したように、頬を膨らませて反論するのは更級五紀だ。黒いポニーテールを揺らして桐耶から顔を背ける。少しすねたようだった。  桐耶は困ったな、と苦笑いして、 「別に、皮肉で言った訳ではないのだが……気分を害したのなら、すまない。私が悪かった」  律儀にも頭を下げる。五紀はそんな桐耶の様子を横目で見て、ふっと笑顔を浮かべた。 「なぁに言ってるの。私がこの程度ですねると思う? そんなわけないじゃない。寧ろ、逆に闘志を燃やされたくらいよ」  五紀の表情が和らいだことに気が付いて、桐耶が顔を上げる。 「そうか。なら良かった。おまえはすねると中々扱いに困るからな」  ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。  五紀は顔を赤くして、 「なっ、なによ! それどういう意味……って、おい、ちょっとこら、待ちなさいっ!」  桐耶は五紀の言葉を遮るように、外して床に置いていた面を脇に抱えて立ち上がると、そのまま出口へと向かった。  木製の引き戸を開け、廊下へと一歩踏み出す直前で、振り返って言った。 「そのままでは風邪を引くぞ。風呂、先に入ってるから後でくるといい」  ガラガラパタン。  引き戸が閉められ、取り残された五紀。道場に幾つかある窓から入り込んだ風が、彼女の髪を揺らし、肌を撫でていく。朝の空気は冷たく、確かにこのまま道場にいては汗が冷えて風邪を引き兼ねない。  五紀は、はぁ、と一つ溜め息を吐くと、先ほどの桐耶と同じように面を抱えて、出口へと向かった。  去り際に、 「……ばか」  と呟いて、  ガラガラパタン。  引き戸を閉める。  道場には、ただ風が吹き込むのみとなった。
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