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「また一段と強くなったな。私の負けだ」
土佐桐耶は、長い黒髪を人撫でしてから、微笑んでそう言った。
「ありがとう。……でも、まだまだよ。だって、高校に入学してからの275戦中87勝188敗なのよ? あなた、私の二倍は勝ってるじゃない」
憤慨したように、頬を膨らませて反論するのは更級五紀だ。黒いポニーテールを揺らして桐耶から顔を背ける。少しすねたようだった。
桐耶は困ったな、と苦笑いして、
「別に、皮肉で言った訳ではないのだが……気分を害したのなら、すまない。私が悪かった」
律儀にも頭を下げる。五紀はそんな桐耶の様子を横目で見て、ふっと笑顔を浮かべた。
「なぁに言ってるの。私がこの程度ですねると思う? そんなわけないじゃない。寧ろ、逆に闘志を燃やされたくらいよ」
五紀の表情が和らいだことに気が付いて、桐耶が顔を上げる。
「そうか。なら良かった。おまえはすねると中々扱いに困るからな」
ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。
五紀は顔を赤くして、
「なっ、なによ! それどういう意味……って、おい、ちょっとこら、待ちなさいっ!」
桐耶は五紀の言葉を遮るように、外して床に置いていた面を脇に抱えて立ち上がると、そのまま出口へと向かった。
木製の引き戸を開け、廊下へと一歩踏み出す直前で、振り返って言った。
「そのままでは風邪を引くぞ。風呂、先に入ってるから後でくるといい」
ガラガラパタン。
引き戸が閉められ、取り残された五紀。道場に幾つかある窓から入り込んだ風が、彼女の髪を揺らし、肌を撫でていく。朝の空気は冷たく、確かにこのまま道場にいては汗が冷えて風邪を引き兼ねない。
五紀は、はぁ、と一つ溜め息を吐くと、先ほどの桐耶と同じように面を抱えて、出口へと向かった。
去り際に、
「……ばか」
と呟いて、
ガラガラパタン。
引き戸を閉める。
道場には、ただ風が吹き込むのみとなった。
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