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祖父が死んだ。この都市での最初の死者だ。
祖父が死んだ夜、僕は彼の側にいた。父も母も姉も側にいた。そうやって死にゆく祖父を静かに見守り、機械が彼の死を告げる瞬間も静かだった。
僕はその瞬間、天井の近くを見つめた。そこに祖父の無意識が漂っているのではないかと思ったからだ。
実際に祖父の無意識はそこに漂っていたのかもしれない。わからない。僕にわかったのは祖父が死に向かっているということだけだった。もう帰ってこない、その瞬間を見届けた。
「その瞬間までに君のお爺さんが蘇生すれば帰ってこれたというわけか。いや、蘇生できるラインがその瞬間という意味だな」
この都市に唯一ある大学の理工学術院環境社会システム研究科社会数理学専攻のとある研究室で、同専攻の院生である戸倉は簡単にそんなことを言った。コーヒーを片手に休憩中という気の抜け方だ。そこに祖父の死を悼む様子は微塵もない。挨拶の段階で済ませてあったからだ。僕は家を抜けだしてここに遊びに来ていた。
「たぶんね。脳波と照らしあわせたわけじゃないから証拠はないけど」
「約15分。妥当なラインだ。運悪く蘇生したら臨死体験を語れたな」
「それは全然わからない。臨死体験した人と会ったことがないから比べようがないよ」
「動物の死は?」
「前に言ったけど僕は人間しか感じないんだ」
「残念」
人間しか感じない。人間の無意識しか感じない。拡散した人間の無意識を感じることができる。
しっかし、と戸倉は続ける。
「まさかこの"マリンエッジ”での最初の死者になってしまうとはね。そして予定通り”あの葬儀”が実行される。世界で初めての”民主的な死”。春美ちゃんの研究室だ。注目されるぞ」
戸倉はどこか他人事だった。事実他人である。祖父とは面識もない。しかし祖父の死を悼むには悼む。この都市では誰かが死んだ時、そのことが視界に入ればそれを悼むということになっている。死は誰でも平等に悼まれるべきだった。
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