Deadman's midnight

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 だけど本当に状態が保存されないのかは疑問が残っている。タイミングによって様子が違うことはあるからだ。それが僕が観測できていない環境の変化によるものなのか、状態は保存されていたからなのかはわからない。  今でも時々春美に幽霊談義をするけれど、僕の幽霊談義は怖くない。どこか解析的だった。因果を推測するのだ。  春美繋がりで僕の幽霊話に興味を持ったのが戸倉だ。戸倉は会ってすぐにこう言った。 「漆儀君の話は量子力学でこじつけられなくはないね」  オカルト的な話をする僕が言うのも微妙なところだが、ものすごくエセ科学を感じた。しかし彼は理工学術院環境社会システム研究科社会数理学専攻のとある研究室で量子力学を用いた解析を行っている院生だった。  うーん、と戸倉は悩む。すぐに否定も肯定もしなかった。彼は都合の良い返答を反射的にする人間ではない。幽霊談義は遊びだから即答できるだけの予習をすることもない。 「その可能性を否定はできないな」  いい加減な僕の台詞に対して戸倉は曖昧に答える。 「意識のハードプロブレムは残っているものの、イージープロブレムは量子脳理論でほぼ解決した。波動関数による自己収縮だ。幽霊は時空を漂う死者の量子情報で君の脳がその量子情報を収縮させているというのが我々の考え」  脳には1ooo億のニューロンがある。大きな視点で見れば脳というものはニューラルネットワークを構築していて、そしてそのネットワークが思考を行っていると思っている人は多い。しかしもっと小さな視点で見れば脳というやつは量子力学的な動きをする。ニューロンにある微小管だ。量子力学的な重ねあわせの状態を持つ微小管は刺激の影響を受けてもつれ、収縮する。およそ40Hzのうなりとなるそのもつれがγ波の源であり意識か無意識か或いはその両方かであるという考えが量子脳理論である。  また、根拠はどこにもないが、死んだ人間の意識は量子的な情報として重ねあわせの状態のまま時空を漂うのではないかと言われたりしている。観測できないため噂じみたものだ。そして運良くその人が蘇生できたら、その人の脳内でその量子的な情報に対する自己収縮は再開される。蘇生するまで時空を漂っていた意識を臨死体験なのではないかとするオカルトだ。
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