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ブルーノ・セルバンテスがバーの入り口を何度目かに見やった時、ようやく東吾がドアを開けた。
「悪い。待たせたな」
軽い挨拶程度の謝罪が丁度いい関係だ。ブルーノの肩をポンと叩いて右隣に座り、馴染みのバーテンダーにコーラをオーダーした。
ブルーノとは、ハイスクールの同級生から始まって、同じフットボールクラブのチームメイトとして付き合いもかれこれ16・7年。気心が知れて、気が置けない仲だ。
2メートル近い長身。がっしりとした筋肉の鎧で大岩のような巨体に似合ったゴツイ顔の笑顔は、意外に人懐こい。
「お前の遅刻は計算済みだ」
むしろ時間通りに来たりしたら不吉だぜ、とブルーノはグラスの氷をカラカラと鳴らして、バーボンのお代わりをオーダーした。
それから、普段は太く雄雄しい眉を八の字にして、ひどくがっかりした調子で呟いた。
「やっぱり葵さんは来ないか……。」
「大佐は明日も休日出勤で、その準備さ」
「働き過ぎだ」
「そうだな。最前線にいないと不安なんだとさ。大佐どころか一兵卒でいたいそうだ」
「走り続けてないと、気持ちが落ちるってわけ、か」
正解だ。それは東吾だって同じ気持ちだ。不安が背中を追って来る焦燥感は、身に沁みている。
ブルーノが、ふと漏らした。
「何年経っても忘れられないんだな、目の前で焼け死んだんだ恋人を」
言った後になって、親友の口が重く閉ざされた理由が己の失態だと気付いた。
「すまん。お前に愚痴る事じゃなかった」
「いや、俺は大丈夫」
気にするな、と笑顔を向けた東吾はコーラのグラスをブルーノのバーボンに、乾杯代わりに軽く当てた。
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