第4章  左手の指輪  

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 背番号は、ずっと『15』だった。 自分の名前を日本語の数字に充てた洒落だ。そして、現役の頃はサインを漢字で書いていた。  そのカードにも、まっとうな日本人から見たら下手くそな文字で『東吾』と書いてある。間違いなく、東吾が書いたサインだ。 「サインが欲しい人達が殺到して、もみくちゃになって、そんな時、あなたが僕を見つけてくれたんです」  あ、……! 「大人たちの大きな背中が壁みたいに高くて。なのに、突然、逞しい腕が僕の方に伸びて来た時は、嬉しかったな」  ……。 「ずっと、宝物なんです」  だめだ、もう……。 「……東吾、さ……ん?」  コンソールのカップホルダーにコーヒーを慌てて差し込んだ東吾に、また顔を背けられてルシアンは少し不安になる。  だが、コンビニの光源が、東吾の頬をつたわるものが涙だとルシアンに教えた。東吾の両手が直ぐに顔を覆ってしまったが、込み上げてくるものまでは隠せない。 「東吾さん?」 「……ありが……と。俺みたいな駄目な奴を覚えていてくれて……」  言葉通りだ。  嬉しいさ。 だけど、それは「恥」の部分も、とっくに知られていたって事だ。隠してるつもりが、とんだ道化じゃないか。  東吾は顔から手が外せなかった。身体中を駆け巡るアドレナリンが、心臓の鼓動が、「お前の顔は羞恥で真っ赤だ」と教えているからだ。  そんな東吾の反応が想定していたものと違うので、ルシアンは一瞬、目を泳がせた。東吾の腕に手を伸ばしても、一瞬の逡巡の後、ぎゅっと握って引っ込めた。それから、何かを決意したように、張りのある声を車内に響かせた。 「ヒーローですよ、東吾さん。あなたは、僕のヒーローでしたよ。だって、もの凄くタフで、絶対、諦めないし。かっこよかった!」 「か、かっこ……いい?」  東吾は思わず、反復した。美羽からだって、聞いた事の無いフレーズだ。 東吾が指の間からこぼれた、その言葉を聞き漏らさなかったルシアンが、覗き込んで言った。 「ファンだって、言いましたよ?」 目と目が合った。 思い出なんかないのに、その翡翠色は「懐かしい」気がする。大事にしている、遠い昔の「何か」……。  大事なのに、「何か」ってなんだよ。乗り突っ込みした東吾から、自嘲の笑いが漏れた。
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