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『あなたは、僕のヒーローでしたよ』
『F.Cアナトレーの高瀬東吾は、祥子の大切なヒーローだった』
『あなたを待ってる人達がいるのよ、さあ、行って!!』
違う! 違う!!
俺は駄目なんだ!!
俺は、もう走れないんだ!!
東吾は自分の声で、目を覚ました。
まだ、夜明け前。寝汗が冷たい。
「何なんだよ、今頃になって!」
未練たらしい自分に嫌気がさす。ぐしゃぐしゃっと頭を掻いて、のっそりと布団から這い出た。シャワーを浴びてから、母親の絵美理に「早出する」とメモを残して家を出た。
少しずつ山の端が白々としていくのを追いかけるように車を走らせながら、カーステレオから流れる曲を片っ端から一緒に歌った。ともかく、うんざりさせる「夢」を忘れたかったのだ。
それでも、東吾の視線はバックミラーを覗く回数は、いつも通りだ。最近は、コンビニを過ぎたあたりから、探し物ができた。
今朝は、いない……な。
朝の通勤路で、ルシアンのバイクを見つけるのも東吾の習慣となった。
パンセレーノスのシティゲートブリッジを渡った後、道路が分かれるジャンクションになる。その辺りになると、交通事情が許せば、ルシアンは東吾の車の前の方にやって来て、分岐点で右手を軽くあげて合図を送ってくる。
東吾が、ヘッドライトを点滅させて応えると、バイクのバックミラーがキラリと光り、ルシアンはアッパー階級の住宅が多いオールドタウンへと消えていくのだ。
会社には一番乗りかと思っていたが、既に営業部には小さな灯りが点いていた。オフィスのガラスドアの前で中を覗くと、パソコンのキーボードを叩いている後姿が見えた。なんて、声を掛ければいいのだろう、と一瞬戸惑って、ドアを開けた。
「早いな」
案外、ベタな挨拶しか出ないもんだ、と自分のウイットのなさに白々とした東吾が姿勢のいい背中に声を掛けると、越智がゆっくりと振り返った。
「お早う、高瀬さん」
いつもと変わらない笑顔に、東吾は内心、ほっとした。
「まさか、ここで?」
徹夜か? と聞いた東吾に、越智は首を横に振った。
「30分程前に来たの。高瀬さんこそ、早いんじゃない?」
「目が覚めちゃってさ、歳かな?」
「ストレスで不眠になるそうよ、気をつけて。ミルクティーを淹れるわ」
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