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黒のエナメルバッグを肩に掛けて履きつぶした靴を身に着けた少年、尾形奏多は歩きなれた通学路を歩く。
「奏多!」
呼ばれた名前を耳にして、ゆっくりとマイペースに振り向くと、突進してきたのは彼の幼なじみである加治和泉だった。
しっかりと身だしなみを整えた自分とは正反対に、髪の毛がボサボサで、クリームパンを口にしている和泉を見て奏多は溜め息を吐き出した。
「おはよう、奏多!」
「おはよ和泉ぃ、髪くらいちゃんとしなよ」
え? と和泉は視線を上にして手で髪を触る。
見えない、と言う和泉に当たり前だ、と奏多は苦笑した。
奏多が右手で和泉の髪の毛を梳くと、和泉は気持ちよさそうに目を細めた。
「犬みたいだ」
奏多の言葉に、今度は和泉が苦笑する。
こうやって撫でてもらえんのは嬉しいけど。
奏多と話せないなら、犬はヤだな。
和泉は食べ終わったクリームパンの袋をぐしゃりと潰して取り敢えず制服のポケットに突っ込んでおく。学校についたら捨ててしまおう。
寝癖が消えたのにも関わらず、奏多は和泉の髪の毛を梳き続ける。
梳く、というよりは撫でているに近かった。
「お前の髪、触んのきもちーね」
くすくすと楽しそうに奏多が笑う。
柔らかく可愛らしい笑顔が、和泉の心をくすぐる。
「何、俺の髪好きなの」
「うん、好き。ちょっと硬い髪質なの、好きだよ」
「奏多は柔らかいよな」
子供みたいに笑う奏多。
学校に近付いてきたからか、同じ制服を身に着けた男女が増えてきて、奏多の手が和泉の頭からぱっと離れた。
そう、好きなの。
俺はお前の笑顔が、お前自身が好きだよ。小さい頃からずうっと。
言えないけれど。
和泉は口から出そうになった言葉を抑えて奏多に笑顔を向ける。
言えるわけなかった。
奏多も自分自身も男で、この恋は“特殊”であると分かっていたから。
和泉自身、自分がゲイだとか、ホモだとか。イマイチピンとこないようで、首を無意識に傾ける。
だって俺は奏多が好きで、奏多が偶々「同性」だっただけなんだから。
男だから好き、とかじゃないし。
ただ、この想いはずっと言えないけれど。
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