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第2話 姫君の旅立ち
ある人間の国では、王族の誰かが規定の年齢に達すると、諸国を放浪する慣わしがあった。
王宮にいては得ることができない、世間の見聞を広める為である。
その国の王には五人の息子や娘がいた。
長男の王子が成長すると、周囲の者たちは彼が放浪の旅に出ることを期待した。
しかし王子はその慣わしに反発した。
「放浪の慣わしは素晴らしい。しかしわたしが放浪中に死んでしまったら、この国はいったいどうなるのか? この国の将来の為にも、わたしは国を出るべきではない」
やがて次男の王子が成長した。
しかし次男の王子もまた、放浪の旅には反対した。
「わたしは体が弱い。とても諸国を放浪などは出来ない」
成長した三男の王子もまた、放浪の旅には出なかった。
「放浪の旅は見聞を広める為に大いに有用である。しかしわたしは神へ仕える道を選ぶので、旅へは出られない。長兄か次兄がすぐさま旅へ出るべきである」
次に生まれた姫君は、成長すると旅の準備を始めた。
長男も、次男も、三男も、全員それには驚愕した。
てっきり姫君は、四男の弟に旅の義務を譲ると思っていたからである。
このままでは女に放浪の旅をさせた男になってしまうと考え、王子たちは慌てて姫君を止めた。
だが説得の甲斐なく、姫君は静かに言った。
「わたしは長男ではなく、病弱ではなく、神に仕えておりません。しかし放浪の慣わしには破るわけにいかないので、旅に出ます」
姫君が諸国を放浪することが決った。
そして姫君がいよいよ旅にでる前日、四男の王子が聞いた。
「なんでお姉さまが放浪の旅に出るのですか?」
「それがわたしの義務だから」
「危険です。お姉さまは、それが危険であることを知らないのですか?」
「お前はわたしを心配しているの?」
「はい」
「本当に?」
「もちろんです」
「ならばなんでお前は、わたしの代わりに放浪の旅に出ると言ってくれないの?」
姫君の言葉に、幼い王子は絶句した後、上目遣いで言った。
「……僕はまだ若いから。お兄様たちの誰かが放浪の旅に出るべきです」
《権利は留まり、義務は流転する》
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