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クッキーの空き缶に入っていたのは、電池の切れた型の古い携帯電話だった。電池が切れていて、画面は真っ暗な携帯電話を取り出して、耳に当てる。当然、声はしない。
「ごめん、もう、君とは付き合えない」
高校生になって年上の男性と付き合って一か月、私が高校生だと言った途端、彼は手のひらを返して私との交際を断ち切った。暑い夏の日、失恋したショックか、それとも単なる気まぐれか、どっちか判断ができないまま、部屋の模様替えと掃除を始めた。意味なんてない叶わない恋だとわかっていたし、たぶん、いつか破局することも薄々、感づいていた。
初めて男の人に抱かれたのは。中学三年生の時だった。そのときのことは痛いし、オヤジ臭いとしか印象に残っていないけれど、親にもらう以上のお金をもらえたからうれしかった。
それが援交、援助交際であることはわかっていたけれど、同い年の猿のような連中よりも年上のおじさんのほうがタイプが好き。お金をもらって一緒のベッドで抱かれて、眠る。間違いであることは知っていたし、やってはいけないと理解していたけれど、心の中に開いた穴を埋めたくて、人肌を求めてしまう。
大人になったと錯覚で、子供の背伸びであることは間違いなくて、いつかきっと後悔するだろう。妊娠や不倫なんて言葉が脳裏によぎるけれど、お金をもらうためならと言い訳をした。
いくらお金が貯まっても、何か満たされるものは何もない。過去の私が、現在の私を見たらきっと失望するだろう。
子供の頃。彼のことを追いかけていただけの純粋な私はどこにもいない。いるのは大人の匂いと汚れきった私だけだ。
「タバコはやめて、匂いが苦手なの」
と言う。二十歳を過ぎた大人からはタバコの匂いがした、首筋にキスをしながら男は私の胸を触る。服の上から、そしてボタンを外す。スカートの中に手を入れて、太ももを撫でていく。
「聞いてる?」
「聞いてるよ。でも、こうやって匂いをつけておけば他の男は寄り付かないでしょ? 俺のほかにもエンコーしてるんだよね?」
彼の手には私のピンク色の折りたたみ式、携帯電話が握られていた。
「怖いよねー最近の高校生ってさ」
「そう言いながらお金をばらまいているあんたの方がもっと怖いよ」
彼の笑顔がわかりやすく、歪んでいく。
「お前さ、状況。わかってんの?」
男の笑顔が獰猛な肉食獣に変わって─────そこで私は目を覚ました。
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