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どうやら片付けている最中に居眠りしてしまったらしい、嫌なことを思い出したと頭を振るう。どうやっても夢にはできない。これは全て事実だ。今も腹部には男から受けたタバコの焼き印がくっきりと残っている。簡単な話、男に暴行されたのだ。殴られて、蹴られて、火のついたタバコをお仕置きと言って肌に焼き付けられた。痛みと苦しみの中で私は思った。罰があたったんだと、それからも男の人と付き合うことは多かったけれど、身体の関係にはもうなれそうにない。お腹に染み付いた焼き印を見られたくないからだ。
それ以来、私は携帯電話を持っていない。電話やメールはたいてい、過去に関わった年上の大人達からだろうから、真っ二つにして川に捨てた。
世の中はどんどん腐っていく。科学の進歩は人を腐敗させるのだろうか? いや、こうやって被害者ぶっているけれど、私もれっきとした加害者だ。奇麗事を言うつもりはないけれど、クッキーの空き缶の中で眠っていた携帯電話は、まだ、私がまともだった頃を表しているようで微笑ましくて、電池切れとわかっていても耳元に当てて、こう言った。
「──────もしもし聞こえてますか?」
ガタンッ、と息を飲み込んで物に当たる音がした。え? っと思いながら携帯電話を見る、画面は通話中の表示。
衝動的に何か言いたい気分になった。何でもいい、とにかく真面目に生きろと言いたくてけれど、通話は一方的に切られた。
まるで、過去の自分に裏切られた気分だった。そういえば彼とお別れした直後、こんなことがあった。私とまったく同じ声で通話が繋がり恐ろしくなった私はクッキーの空き缶に携帯電話を隠したのだ。いつか彼と再会したときに目印しようと思って、とっておいたのだろう。
「今更、会ってどうするのさ、こんなふうになってさ」
会っても話すことなんてなにもない。学校は半ば退学になりそうで、未だに年上の大人と付き合うことを繰り返してる。
「なんで、泣いてんのさ、私」
今更、泣いたところで過去が元通りになるわけがない。そもそも私は最初から叶わない恋をしているんだ。ふらふらと寄り道をしながら終わらない恋をし続けてる。年上の彼の面影があれば、その人を求めてしまう。
「会いたいよ。話が、したい」
いつかじゃ。嫌だ。未来にすがるのは嫌だ。そんな時だった、携帯電話がブーブーとひとりでに鳴り出す。
まさかと思いながら携帯電話の通話ボタンを押した。
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