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春は憂鬱だ。
教室中がよそよそしい顔になるし、花粉はとぶし、何よりこんな平凡な表現しかできない自分が本当に嫌になる。白っぽく光る空気の中を、革靴の底をすり減らして、歩く。桜の花なんて、一昨日ふった雨でほとんど散ってしまい、すでに葉桜の様相だ。これが完全に緑一色になる頃―……私はあの教室でどんな顔をしているのだろう。
「そんなことでは駄目です、佐倉さん」
昨年末、がりがりに痩せた女教師に言われたことを思い出す。曰く、成長の度合いに対して語彙力の発達具合が乏しいのだと。それが表情にも影響していて、酷く落ち窪んだ瞳をしているのだと。
「そこを長じて、くぼみの奥へと渡られた方もいますけれど、普通じゃありませんわ」
暗い冬の光を、いったいどうやって集めたのか、フレームのない眼鏡を光らせた彼女は、私を酷評して次の生徒の机に向かった。
そんなことを言われても、困る。
浮かんだ感想はそれだけで、型紙に印字された一年の評価を恨めしく見つめ、こみあげる何かをこらえるしかない。その「普通じゃない」ことを、普段は求めているくせに。誰にも思いつかないような、けれど耳になじみ心にしみわたるような言葉を、身につけろというくせに。学年主席の紡ぐ言葉が、どれだけ「普通ではない」「異常な」ものなのか、先生たちはわかっているのだろうか。学期の節目節目で朗々と講堂内に吟じられる彼女たちの言葉の下には、私たちの発することを許されなかった何千何億もの屍が、ひっそりと埋もれていた。
「おはよう佐倉」
ふと、空気が揺らいだかと思うと目の端に揺らぐ長い黒髪と、これまた制定の丈の長いスカートの揺らぐ裾が映った。ゆらぐ、ゆらぐ、ととらわれた所に、穂刈の二重がこちらを覗いた。彼女はにこりとその目を半月形にすると、平然と私の横に並ぶ。
「春だねそして桜の花散っちゃったね残念。でも新学期そうそう佐倉の姿見つけてラッキー」
形の良い唇はせわしなく動いて、春の空気をかき混ぜる。その上にある筋の通った鼻は、ゆらゆらとくすぐったくないのだろうか。
「また同じクラスだといいね。先に江連が表見てきてくれるって言ってたけどあいつ何時にでたんだろう送ってもらったのかなねえ佐倉どうおも―……」
くしゅん。
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