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「穂刈」
と、その時、黄色い絨毯の端、黒いセーラーの群がっている一画から、手を振る姿があった。上から押しつぶしたような背の低い、太いフレームの黒縁メガネ。
「あー! 江連久しぶりー! 元気してたー!?」
それに気づき、穂刈が長い手を頭上に上げ、大きく振る。ぴょんと小さく飛び上がって、走り出した彼女の後ろに早足で続く。
「あ、佐倉も一緒か。おはよ」
長身の穂刈に覆いかぶさられるように抱き着かれても、もはや江連は動じない。穂刈の肩口から短く首を出して、私に向かって手を伸ばした。その温度の高い指先をつかみ、黒い軍団の方へと顔を向ける。
「三人とも、同じ組だよ。八組、三十人」
「わあ本当に!?うれしいやった!」
やっと江連を解放したかと思うと、穂刈は彼女の言葉を聞き、今度は江連と私の腕にてを伸ばす。高身の彼女に、ぐいと多少引き上げられる形となって、むりやりに腕を組まされた。ちらりと江連のほうに視線を向けると、「勘弁してくれ」とばかりに彼女もこちらを見て、首を振った。
とりあえず。わき腹に、穂刈のぬくもりを感じながら、思う。葉桜のころ、一人教室でそれを眺めていることは、なさそうだ。持つべきものは友達だなんて、思ったことは一回もないけれど、持っていて不測のないものが友達だ。たとえそれが、昨年一様に、成績表を穂刈の持っていたライターで焼いてしまった、そんな共犯者でも。
八組の教室は、下駄箱から入ってちょうど真上、三階に位置していた。廊下からは歩いて登ってきた道が、そして教室の窓からは一面のタンポポ畑と、その隅にひっそり存在を主張する「くぼみへの道」が見えた。
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