第1章

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ひぐらしと蝉がけたたましく鳴く昼下がりの縁側で、初依子はけだるい夏の西日を体に浴びながら白い足を桶に浸す。 七つ半時の陽は肌に纏わり付くようで、軽く肌蹴た初依子の浴衣の間に容赦なく差し込んだ。 今日は、果たしてあの人は来てくれるのだろうか。  初依子はそう思いながら気怠い左手で故郷の長崎で手に入れた支那の団扇を左手で軽く仰ぎながら、右手で掬った桶の水を、軽く割った浴衣の前から白い内腿に滑らせた。 きっと、あんなに大きな事件の後だから、あの人にそんな時間は無いに違いない。 今頃は徳川さんから貰った報奨金で、自分より芸達者な島原の芸姑と、底の抜けるようなどんちゃん騒ぎを、新選組の仲間としているのだろう。 初依子はふうっと溜息を漏らし、暮れゆく西日の空に遠い目を遣った。夏の気配を残しながら、遅い午後の陽に染まる空の向こうからは、物売りの声と子どもたちの嬌声が微かに響いていくる。 あの方向には、確かに斎藤さんがいる。新選組の屯所がある。でもどうしてこんなにも遥か異国の彼方のように感じのだろう。いつなったら、次にあの人は私の所に再び来てくれるのだろうか。 思えば、斎藤一と初依子が初めてこの二条城大橋のはずれの京町家で会うようになってから、ほぼ半年が経つ。週のうちの一度か二度、夕餉のために斉藤はういこの元を訪れる。 初依子と斉藤はただ、それだけの関係だ。 そして斎藤が初依子の家を訪れる度に、この小柄な女は、内に秘めたほのかな恋心を心のなかにそっと情念で包み込みながら、あの無口な男の為に夕餉の支度を整えた。 そんな初依子の心持ちを知ってか知らずか、斎藤はういこと顔を合わせる度にひたすらに寡黙で、優しい微笑みだけをういこに向けるのみなのだった。 「でも今月に入って、まだ一度しかここには来ていない。斎藤さん、やっぱり島原にいるんさね。」 ういこはひとりごとのように言葉を漏らし、再び大きくため息を吐くと、支那の団扇をパンと音を立てて縁側に起き、生白い足を水を浸した桶から上げる。 「夕餉の支度。」 例えあの人が今日も来なくてもいい。とりあえず夕餉の支度だけは終えておこう。 ういこは自分の奥に微かにたぎる思いを伏せるかのように、台所のある土間へと足を向けた。  
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