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どう埋め合わせさせようか考えながら、元いた位置に立つ。
ふいに空を見上げると、ここに来た時には半分以上姿が見えた夕陽が建物の影に消えていこうとしていた。
暗くなっていく空に、はあと白い息が出る。
「早く来いよ……馬鹿」
すっぽかすつもりなのかと、憎い端正な顔を脳裏に浮かべながら愚痴る。
だんだん、あんな自分勝手な人間を待っている自分が馬鹿らしくなってきて、帰ってしまえと本気で思いかけた時だった。
「待たせてごめん雪緋」
反省の色が全く感じられない、甘いテノールの声。
それを聞いた瞬間、俺の中で、張っていた糸がプツリと切れる音がした。
鋭く睨みつけ、こっちの気も知らないで笑っている男にズカズカと詰め寄り、乱暴に胸倉を掴む。
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