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列車の座席に座る若き日の麻子の向こうの窓には「わしのす」という駅の看板がはっきりと写っていた。
「函館本線ですね?」
すかさず里佳がつぶやいた。
「そう。よくご存知ね」
「八雲駅の隣ですね」
目を輝かせ始めた里佳の肘を浩人がそれとなくつついた。
「お詳しいのね」
麻子は笑顔を見せた。
「あのヒト、私に吹雪いてる北海道を見せたいってずっと言ってたんですよ。雪の北海道が本当の北海道だって。私はそんなの寒いから嫌だって言ってたのに。でも、私と一緒に行くとなぜか必ず晴れて。降ってもほんの少し。北海道には何度も行ったのに結局いつも快晴なんですよ。あの人には晴れ女だって散々言われて。そのうち飛行機で行くようになったから列車には乗らなくなっちゃって。娘が高校受験の年までは毎年行ってたんですよ、北海道。スキー旅行に」
「旅行、お好きなんですね」
まだ言う里佳を浩人は何とか止めようとしていた。
「ええ。昔はあちこちよく行きました。北海道だけじゃなくて、どこに行ってもいいお天気。家族で旅行に行くと必ず晴れるの」
麻子は写真に目を落としたまま顔を上げなかった。
「旅行のお写真はスライドに入れたほうがよろしいでしょうか」
里佳を止めるには自分が話すしかないと気がついた浩人がなんとか頑張った。
「ああ、そうね。本当にあちこち行ったから。でも、スキーは北海道ばっかりね。娘の友香と一緒の写真もあるの。スライドは友香の希望だし、幾つか入れていただいたほうがいいかしら」
麻子は顔を上げなかった。アルバムに並んだ写真をいとおしむように眺めていた。
何か話し出そうとする里佳を浩人は手で制した。
「色々とお伺いしてすみません。こちらのお写真は大事にお預かりいたします」
三国から渡されていた風呂敷を広げアルバムを包む。
それを革の鞄に慎重に詰め込んだ。
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