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斎場の奥の小さな事務所で泰人はパソコンの画面を覗きこんでいた。
プリンターにセットされた案内状が宛名を印字され続々と吐き出されている。
「こういうのは印刷会社にやってもらってたんじゃないのかよ」
浩人は出来上がった案内状を見て感心していた。
「ついこの前まではね。笠井印刷さんが廃業しちゃってからは会葬礼状もこっちでやることにした」
「あそこの三代目、どっかに勤めに出たんだって?」
「そうそう、印刷関係のつながりでリサイクル業者のところに勤めてるらしいよ」
「リサイクルかあ。どうなんだろうな」
「どうなんだろうね。でさ、兄さんが使ってたのMacだろ。これはWINDOWSだけど、なんとかなる?」
泰人は画面で印刷の進捗状況を確認していた。
「札幌のデザイン事務所でメインはMacだったけど、WINDOWSも使ってたし、そもそも大学の頃はWINDOWSばっかだったから。まあ、いけるよ、普通に」
「このあたり頼めるとだいぶ楽だよ。ボクもいっぱいいっぱいだから。兄さんもよく知ってると思うけど、葬儀屋の仕事なんて連絡と下準備がほとんどだからさ、特に連絡はいまだに電話とFAX多くて。それだけで手ふさがっちゃうからね」
泰人はパソコンの画面から目を離し、眼鏡を外した。
「疲れたか」
「パソコンの画面がけっこう辛いんだよね」
泰人は椅子の背もたれに身体を預け目を閉じた。
「昔から目、弱かったよな」
泰人の明るい茶色の瞳が子どもの頃から周りにからかわれていたことを浩人はよく知っていた。
「兄さんはさ、なんで戻ってきたの」
目を閉じたままの泰人が浩人に聞いた。
「おいおい、またその話かよ」
「またその話だよ。帰ってきてからずっと気になってる」
「もういいだろ、別に」
「別に、なに?」
「いいんだよ、なんでも」
「向こうにいられなくなった事情を教えてよ」
「いられなくなったんじゃなくてさ、いたくなくなったんだよ」
浩人に答える気はまったく無かった。
「それだけで戻ってきたわけ?」
「悪いか」
「悪くは無いけど」
泰人は言葉を投げ出し、そのまま口をつぐんだ。
浩人もなにも言わなかった。
プリンターが止まった。
目を閉じた泰人は寝息を立てていた。
浩人は起こさぬよう静かに事務所から出ていった。
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