side M

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玄関で靴を履いた洋ちゃんを見送るのもいつものこと。 帰って行く恋人を見送るときに、温かい気持ちになることもあるんだと知ったのは、洋ちゃんが最初。 そして、きっと最後だと思う。 荷物を持っていない方の洋ちゃんの手を触ったのは、もうちょっとだけ触れてたい、名残惜しいという気持ちの表れ。 こうして触れると、洋ちゃんは嬉しそうに笑ってくれる。 「キス、してくれる?美代ちゃんから。」 大男の洋ちゃんとキスするために顔を上に上げたら、私からして欲しいと言ったけれどもちゃんと屈んでくれる。 目を閉じて、そうっと洋ちゃんの柔らかい唇に自分の唇を重ねた。 きちんとお手入れされてるんだと思う。 いつも、潤ってる。 離れた唇に淋しさを感じるよりも先に、抱き締められるのもいつものこと。 「ちゃんと鍵、してね。そしたら帰るから。それと、困ったことがあったらすぐに言って。」 「大丈夫だよ。ちゃんとお守りも持ち歩いてるし、困ったことがあったら連絡するから。」 「じゃ、また電話するね。」 「うん、気を付けて帰ってね。」 「ありがと。」 お互いに名残惜しい気持ちがあるけれども、笑って離れる週末の夜。 次に電話をしてくれる日が分かってること、次に会える日が分かってることが私の精神を安定させてくれてる。 洋ちゃんがドアを開けて、ドアを閉めて。 私が鍵をする音がしないと帰らない。 それも、出会った頃から変わらない彼なりの優しさ。 ドアスコープから洋ちゃんの姿を確認しつつ、鍵をかける。 鍵をかける音がすると、安心したように歩いて行く靴音。 恋人が帰る靴音を玄関先で安心して聞いていられるようになったのは、相手が洋ちゃんだからだ。 相手の一番になれる恋愛がこんなに素晴らしいものだなんて、長らく忘れていた感覚だと思う。 洋ちゃんに限って、そんなことはないと思いたいけれども、いつか洋ちゃんが他の人を好きになったら・・・浮気をしたら・・・。 そんな気持ちがいつも心のスミッコに湧いてしまうのは、自分が過去にしてきた過ちのせいだ。 こんなに、好きだし、信頼してるのに。 こんな気持ちになって、ごめんね。
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