月の晶楼

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 視界が、まるで此の為に其れがあるかの如く一息に拓けた。此の丘より標高の高いモノが、周縁部には無いらしく、遮られる事の無いありのままの夜空が、其処には映し出されていた。  同時に、眼下には平坦な土地も見える。其の殆どが水田だがトタン壁の民家や、彼等が乗った電車の鉄路もあった。しかし人工灯の類は少ない。夜空が地表を覆い尽くさんばかりであった。  天と地が同時に見えた。パノラマと言う名詞は、此の視界を表現する為にあるように思われた。安い独占欲が作興される様である。  全ての見える世界で、しかし彼女――月島謡の見ているものは唯々一点であった。其れは何の比喩でも無い。文字通りに、真っ直ぐに、唯一点を見詰めていた。  其れは其処に狂おしい程の情熱を注ぎ込んでいるからでは――全く無いとは言わないまでも――無い。寧ろ他のモノに、全く関心を抱いていないからである、と彼は思う。  そう評してしまうと、彼女の顔が狂的なモノに思われるかも知れないが、其れは見当外れと称する事が出来る。例えるのであれば、演劇が適当だ。  蓋し舞台と言う物を、芝居と言う物を見る時に、幕の裏に潜んでいるかもしれない大道具係や、此処で無い何処かで電卓を叩く経理係に思いを馳せる人間が、いるであろうか。
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