2人が本棚に入れています
本棚に追加
彼がそんな事を考えている間にも、歩みが止まる事は無い。木で作られた段は、其の一つ一つがとても低く、上っても上っても、其の実感が全く湧かない。其の癖、膝に嫌に負担が掛かる。
しかも丘は基本一本道の様で、道としての体裁を保つ其の両脇には、鬱蒼とした木々が茂っていた。余計に彼の思考力を奪う。何分上っているのか、分からなくなっていた。
十分くらいであろうか。三十分くらいかもしれない。もしかしたら、もう一時間は上っているのでは無いか?
ベルトコンベアやルームランナの類を足踏みしているだけなのでは無かろうか、と言う疑念が、チラリと彼の脳裏に過ぎった。其れは快くない永遠の表象だ。ふと天を仰いでも、枝葉で空はあまり見えない。
先導する彼女はそんな事を、微塵も考えてはいないのか――当然の事だが――登り始めてから、其のペースを殆ど乱す事も無く粛々と、淡々と、段を上っている。黒のタイツで覆われた彼女の細い両脚の、何処にそんな体力があるのかは全く分からなかった。疲労と言う概念を忘れてしまったかの様だ。
一体、如何程歩いたのであろうか。彼女にあとどれくらいで到着するのかを、訊けばよかったのだ――と彼が気付いた、其の刹那。
今まで機械じみて其のペースを保ってきた彼女が、童女めいて其の歩みを速めた。否。其の足取りは最早走り出した、と称してよい物であった。待ってくれよ、と言う一言すら、間に合わなかった。
最初のコメントを投稿しよう!