〔1〕

3/20
前へ
/20ページ
次へ
ぼんやりと目を開ける。滲む視界をまばたきしてクリアにする。目の前に見えたのは、見知らぬ天井だった。 どうやら縛られていないようで、すぐに体を起こした。鈍く痛む後頭部に手を当てると腫れている。横たえられていたベッドはものすごく大きく、所謂キングサイズなるものだと推測する。 (あの黒リムジンの家か………まさかの誘拐とは………) 目が覚めて、全裸で山中にいるよりかはマシなのか。とにかく早く帰りたい。 窓を開けて下を見ると、あまりの高さにくらりとした。なんだこの高層マンションは。 窓からの脱出を諦めて部屋をうろうろと歩き回る。部屋から出るあのドア……もし開けて、犯人と鉢合わせになんかなったらまずい。 (武器になりそうなもの………無いな。) いつの間にか服も着替えさせられていて、黒のワンピースを身に付けていた。下着は変わっていなかったから、見られたとしても下着姿だ。 コンコン……… ノック音と同時に入ってきた男を見て思ったのは、なんだこの山賊は、だった。 ぼさぼさに伸びた不潔感しかない髪、無精髭、長身と同じくらいインパクトのあるお腹。上下共色落ちした灰色のスウェット。 (この人がリムジン乗り回してるの?いやいや、あり得ないでしょ。) 男はちぎりパンのような手で何かをノートに書くと、私にノートを突き出した。恐る恐る手を伸ばしてノートを受けとると、3歩下がって目を落とす。 (お名前は?) 達筆な字にも驚いたが、なんだこのアンケートのようなものは。 (耳は聞こえるので、口答でかまいません。) 「……………小澤、です。」 答えながらノートを返す。すると再び何かを書いて、私に渡す。 (間違えて誘拐してしまったようなので、家までちゃんと送り届けます。本当にごめんなさい。) 「……………ん?」 この世の中、人違いで誘拐されるなんてことがあるのだろうか。ドアを開けて待っている山賊に会釈して部屋を出た。 黒服のいかにもな人達に連れられて、私は再びリムジンに乗り込んだ。外を流れる景色を見て、自宅からそう遠くない場所だったことに気づく。 車さえあればかなり住みやすい田舎だからか。誘拐された地点で下ろしてもらうと、置き去りにされていた自転車に乗り、帰宅した。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加