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「ただいまー。」 電気をつけながら部屋に入る。テーブルにはラップのかかった煮物やご飯と一緒にメモが置いてある。 (おかえり。急に仕事が入ったから行ってくるね。温めて食べてね。) 私の母は看護士だ。人手が足りなければいきなり夜勤になったりする。父は私が物心つく前にいなくなった。母は「女でも作って出ていったんだろ!」と、私が聞く度に怒っていた。 女手1つで私を育てている母に、近所のおじいちゃんおばあちゃんも良くしてくれた。私がまだ小さい時に夜勤になってしまうと、 「いいよいいよ!みっちゃんはウチで見てるからさ!」 といって私を泊めてくれたりした。寂しいとは思ったけれど、この歳になってみると仕方ないことだな、と割り切れるようになった。 小澤 満月(みつき)。藤原道長の詠んだ「この世をば~」の歌が好きな母がつけてくれた名だ。友達や近所の人からは「みっちゃん」なんて呼ばれている。 「満月、いいか。周りになんと言われようとあんたの人生はあんたが主役なんだ。あんたが一番楽しまなくてどうする?」 小学校の頃、母子家庭のことを馬鹿にされて泣きながら帰ってきた頃母が言っていた。 母子家庭になったのは満月のせいじゃない、馬鹿にされるべきなのは私だ、そんなこと言う奴は一発殴っとけ、なんて。 男勝りで、喧嘩上等、でもすごく優しい笑顔の素敵な母だ。自分の父ながら女を見る目がないんだなと思う。 こんなことを思い出したのも、あの筆談誘拐犯のせいに違いない。息子があんなになるまで放っておくなんて、親は一体何してるんだ。 帰って早々脱ぎ捨てた黒のワンピース、タグを見ると有名ブランドの名前が入っている。………洗濯出来るのか?とりあえずハンガーにかけて除菌スプレーをしておく。 さっさと食器を洗って、風呂に入って寝てしまおう。そう決めた私は手を合わせてご飯を食べ始めた。
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