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蒼いチョコレートを見つめる視線に気がついたのか、彼女はひと切れをナイフで突き刺すとそのまま差し向けてきた。
生唾を飲み込む。
うむ、彼女の好意を断るのは失礼に値するだろう。冒険者たるもの退いてはならない時があるのだ。
では、失礼して、いただきます。
───結論から言おう。歯が欠けた。
見た目通りの硬さだった。もちろん味なんてしない。晶族の強靭な歯と特殊な唾液があって初めて食べられるもののようだ。
夜営の歩哨に立つ私の相棒、ミユキくんが『食い意地張るからですよ』とテントの外で呆れている。
ちがう、ちがうのだよ。これも異文化交流なのだよ。決して小腹がすいていたとかそういう疚しい理由ではないのだよ。はいはいではないのだよ。話を聞きたまえミユキくん。
───気が付くと、晶族の少女が微笑みを浮かべている。貴方たちは本当に興味深い、と。
晶族は感情がないと言われている。表情を動かすことも感情を声に出すこともないからだ。
しかし、目の前の彼女は僕らと何も変わらない普通の少女のように思えた。
奥歯は痛いし、ミユキくんは相変わらずつれないが、とてもいいものを見れたのでよしとしよう。
今日はここで筆を置くことにする。
───『踏破者』光財 義雄の手記より
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