偶然

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『おー、俺綾崎だけど』 電話の向こう側、知らない声が聞こえた。 低い、怠そうな男性の声。 え?誰? スマホに表示された「公衆電話」の文字。 『蒔田?俺、綾崎だけど、携帯忘れたみたいでよ』 まきた、あやさき、知らない名前。 えっと、とりあえず何か話さなきゃいけない? 「…あの」 おずおずと電話の向こう側に話しかけてみると、小さく息をのむ音が聞こえた気がした。 『すみません、番号、間違えたみたいで…』 慌てた声が返ってくる。 「あぁ」 思わず声が出た。 やっぱり、間違い電話だ。 「そう、でしたか。すみません、違う番号、だと思います」 『あー…あの、重ねて申し訳ないんですが、この番号って…』 申し訳なさそうな声が聞いてくる。 携帯の、番号… 「…えっと、×××の、〇〇〇〇の、5886、なんですけど…」 言ってから気付く。 これってあまり教えるものじゃないよね? 一気に緊張が走る。 『すみません!!こちらの間違いでした!』 重ねて謝ってくる電話の向こうの男性。 その声に、さっきまでの緊張が一気に解ける。 「いえ、分かって、良かった、です」 その謝りっぷりに、思わず笑みが零れる。 必死だ。 一番最初の怠そうな声とは全然違う。 その後も何度も繰り返し謝る電話の人にこちらも「大丈夫です」と何度か繰り返し、電話を切る。 電話を切ってからも『すみません』の声がずっと耳に残って、少し笑った。 四月が始まったばかりの夜。 きっと、この日から始まった。
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