偶然

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食事の後、お兄ちゃんに聞いていた音合わせ予定のスタジオがある階まで案内してくれた。 「後は向こうに歩いていって…四つ目かな?…のスタジオだから」 分かった?と目で聞いている。 「はい、ありがとう、ございます」 ぺこりとお辞儀をする。 「ん、どーいたしまして」 じゃ、と言って元来た道を戻っていく。 わざわざ違う階に降りて、ここまで連れてきてくれたんだ…。 そう解ると胸が温かくなる。 やっぱり…優しい。 まだ時間まで二時間くらいあるんだけど…スタジオは入っていいのかな…。 入り口のドアの前でうろうろしてみる。 中には…まだ誰も居ない。 少し、待つかな。 とりあえず譜読みをしながら、待つ事に。 楽譜を貰ってから何度も練習してきた。 凄く、綺麗な曲。 …彼はどんな風に歌うんだろう…? そんな事を思う。 低い声、眠そうな顔。 う…ん、思いつかないなぁ。 そんなどうでもいい事を考えつつ待っていると、やがて女性のスタッフの人が来て中に入れてくれた。 次々に何人かのスタッフの方々が入ってくる。 …うぅ、緊張する…。 挨拶を一通り終え、一度フルで弾いてみることに。 「柊木さん、お願いできますか?」 「はい」 ブースの中に入ると、一台のピアノ。 色々なコードが床を這っている。 踏まないように気を付けながら、ピアノ前に座る。 軽く袖を捲り、まだ少し短い髪をざっくり纏める。 ふぅっと一呼吸してから、ガラスの向こう側を見る。 丸、と合図してくれる。 …弾いて、いいんだよね? ピアノに向き直り、鍵盤に指を乗せる。 演奏の、始まり。
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