偶然

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「…うん、柊木さん、この感じで」 何度目かの演奏の後、スピーカーから聞こえてくる声。 ほぅっと安堵のため息が出る。 様々なパターンで弾くって、大変だよなぁ。 「ありがとねー。出てきていいよー」 こくんと頷いて楽譜を片付け、ブースの外に出る。 廊下側の窓の向こう側、お兄ちゃんがいるのが見えた。 …親バカ? 「柊木さん、お疲れさま。さっきの感じで、当日もお願いね」 「はい」 「じゃ、本番は…」 収録の日時を教えてもらい、挨拶をしてスタジオを出る。 お兄ちゃんが心配そうに寄ってくる。 「…どうだった…?」 「うん、大丈夫」 「そっか、良かった」 ほぅっと安堵のため息をつくお兄ちゃん。 「見てた、の?」 ジト目でお兄ちゃんを睨む。 あははは、と軽く笑って 「ちょっとだけ、心配で、な」 ぽふっと頭を撫でる。 「大丈夫、だもん」 むぅっとしながら言い返す。 「それに、お兄ちゃん、仕事は?」 「…あ」 腕時計を確認して「おぅ!?」と奇声をあげる。 「柚希、ちゃんと帰れるか?」 「当たり前、でしょ」 「俺、仕事…」 「分かった、から、早く」 「おぅ、じゃあまたな」 そう言ってバタバタ走って行ってしまう。 全くもう、過保護だなぁ。 お兄ちゃんの背中が見えなくなってから、くるりと反対側へ振り向く。 帰ろう。 えっと…下に向かう、には… 確か、うん… …えーっと… とりあえず真っ直ぐに歩いてみる。 左右に伸びる通路。 みんな同じ様な部屋が並んでいるように見える。 角を曲がって進む。 …エレベーター、どこですか…? ウロウロと歩き回ってみる。 すでにさっきのスタジオまで戻れない。 …方向音痴じゃないよ? ちょっと、見学しているだけ。
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