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神妙な顔で隣を歩く父に、私はまた仕掛ける。
「ちゃんとハンカチ持って来た?
あ、ハンカチじゃ足りないか、タオル?」
「バカ野郎、そんなもん要る訳ねぇだろ!
ぜーんぶ昨夜のまま居間にポイッよ」
「ふふーん。どうだか」
私はわざと、明美さんの口癖を真似た。
案の定、途端に父の顔に動揺が走る。
父は長距離トラックの運転手だ。
母の死後、父はトラックを降りることを考えたらしいが、
会社は父に、後部座席のある車両を回してくれた。
座席のスペース分、積み荷は減る。歩合制の給料も減る。
それでも父は、子連れでの業務を黙認してくれた会社に、感謝していた。
小学校入学まではずっと、運転する父の傍にいた。
定位置は、後部座席を改造した木枠のベッドの中。
玩具が入った宝箱と、
赤ん坊の頃から握って放さなかったという、タオルケットがあれば上機嫌で。
エンジン音とカーラジオと、それに乗せた父の鼻歌が、私の子守唄だった。
子連れ配送は明美さんの発案だったそうで、
それが二人の馴れ初めらしい。
まったく、未だに私にバレてないと思ってるんだから、信じられない。
女の子の成長は早いんだよ、お父ちゃん。
中学入学の頃には、とっくに知ってたんだから。
最初は驚いた。でも、納得もしていた。
明美さんは、記憶もおぼろな実の母より、むしろずっと「母」と呼べるひとだったから。
祭壇が近づく。
彼が緊張した顔で立っている。
父とは正反対の、寡黙なひと。
次第に挙動不審になってきた父に、もうひと押し、囁く。
「ねえ、同居しようよ。彼もそうしたいって」
「てめぇらがイチャコラしてる家に住めるか」
「お父ちゃんも負けずに明美さんとイチャコラすりゃいいじゃん」
「ななな何言ってんだ!」
父の素頓狂な声が、到着した厳かな祭壇に響いた。
神父さまと彼の、唖然とした顔。
「いやその……失礼」
「ホント恥ずかしいったら」
「お前がコソコソしゃべるからだろうが。
そのデカい尻に亭主を敷くんじゃねぇぞ」
「いえっ!実樹さんの尻は最高です!」
「へ!?」
思いがけない、彼の合いの手。
「え?……あ!! いや違います!
……えと、尻に敷かれても嬉しい、っていうか……」
真っ赤になってしどろもどろの彼に、父は苦笑しながら告げた。
「まあその、なんだ……手綱だけはしっかり握ってやっててくれな。暴れ馬だから」
「はいっ!」
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