第1章

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「上出来」 久しぶりにハンバーグを作った。 形は微妙に不細工にも見えるけど 味には自信がある。 オレは久々に味わう達成感に包まれて、息をつきながらソファに腰かけた。 時刻は19時。 ミユキが何時に帰ってくるのか分からなくて、 何度もメールをしようとしたけど 躊躇ばかりを繰り返してしまっていた。 ミユキの今朝の拒絶の顔が浮かんでくると スマホを打つ手がどうしても止まる。 ……やっぱりサプライズでいいか。 オレは ミユキが作ってくれたグラタンをオーブンで焼いて、二つとも平らげたから お腹はすいてないけど ハンバーグは、なるべく出来立ての内に二人で食べたかった。 睡眠不足のオレはミユキを待ちながら、 ソファの上で横になり いつしか ウトウトと意識が遠退いていく。 ーーーー時は江戸時代末期。 オレは今日も芸役者として、花街に繰り出し、“かぶき者“として、人から注目を浴びながら、それを銭に変えていた。 オレは、場所を選ぶ事なく、お呼ばれがあれば、その場所に行く。 女に化けて、人を魅了する。 それがオレの生きる道だった。 官僚のお偉いさんが、 高い銭を払って、オレを買おうとする。 「私は遊女でも花魁でもないよ。芸だけを買っておくれよ。御奉仕はなんでもするからさ」 官僚のお手元のお酒を並々に注ぎ入れる。 「芸で魅了されたら、お前という人間を買いたくなるのは当然の事だろう」 荒々しい息づかいが耳元で疎ましく感じる。 野郎の手が伸びてきて、着物の中のオレの肌に触れる。 「ん……?!」 「だから言ったろ。オレは遊女じゃないって。そっちの相手はお断りだよ」 「こ、この際、男でも構わん。御奉仕すると言うなら、オレの収まらないやつをどうにかしろ」 ムリヤリオゾマシイモノを触らせる。 変態ヤロー。 マジでタマ潰したろか。 女将さんが、“問題を起こすな“と無言の訴えを視線で飛ばしてきた。 チッと舌打ちするも、 女将さんに呼ばれる。 「旦那様がお呼びだよ」 助け船なんだか、そうじゃないんだか。 旦那様に呼ばれる時は 見たくない情事をムリヤリ見せられる時。 ヨシの顔をした旦那様が、 妻のミユキとヤッてるところをオレに見せつけたがる、官僚よりも悪趣味の、ド変態野郎。 オレに嫉妬なんてしてるなよ。 オレとミユキは 結ばれる事のない兄妹なんだから。
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