第1章

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一杯で切り上げて帰るつもりが、 私とヨシは二杯目に突入していた。 仕事の話になると、話は尽きず 一杯目なんて10分程度で飲みきってしまった。 リューマの事が気がかりになりながらも、 それを何度も頭の中から打ち消す。 ヨシと仕事の話で のめり込んでいくと時間の感覚を忘れていった。 「独立資金出してもらっても、経営に口出されるんだったら、今の環境とあまり変わらないよな」 「でも、自分の思い描く独自のカラーのサロンにできるよ?」 「そうだな……。今は色々制約もあるし、しがらみもあるし、それを考えると一度リセットして自分のヘアサロン作りをするのも、やりがいを見出だせていけるのかな」 「私が男だったら間違いなく独立する。でも女だと、結婚、出産、妊娠があるから、諦めちゃう」 でも、美容師は天職だと思うから 一生の仕事にしたい。 子供を生んでも、仕事はしたい。 リューマが子育てしてくれるなら それほど有り難い事はない。 ……なんて 私とリューマ これから夫婦としてやっていけるの? 里奈さんを……仕事を…… いつも優先する夫に 私という存在価値はあるんだろうか……。 「あー、やめやめ!」 思わず、泣けてしまいそうな自分に渇を入れて、 頭をフルフル振りながら リューマを振り払った。 「何だよ?急に」 ヨシが、奇異な目で私を見る。 「なんでもない! イヤな事思い出しただけ」 「リューマと……何があったの?」 すぐに察してしまうヨシは、 然り気無く訊いてきた。 ヨシに打ち明けてしまおうか迷ったけど 私とリューマの夫婦ケンカの事なんて 元カレのヨシに話す事ではないような気がして 言うのをやめた。 「何も……ないよ」 言いたくない私の心の内を察したヨシは、溜め息をついて横目で私を見た。 「強がるところは、いつまでたっても変わんないよな」 「…………」 「強がりだし、頑固だし。 リューマも手をこまねいてるんだろ」 私に非があるような言いぐさに 内心ムッとして、黙りこんだ。
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