序幕

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「隣、良いですか?」 「あ、あぁ…どうぞ」 黒い服で身を包み、顔を隠すようにしていたので、顔はよく見えなかったが、声と身長から、男なんだと分かった バーテンダーが注文した酒を運んでくる それを一口含み、潤す 「…随分と、美味しそうにお酒を飲むんですね」 「えっ…」 暫く黙っていた男は、突然言葉を紡ぎだした 「貴方は、お酒が美味しくはないのですか?」 「…分からないんです」 「えっ」 男の、突拍子も無い言葉に、手に持っていたグラスを置いた 「どういう事ですか?」 「何と言いましょうか…味覚が無いんですよ」 「味覚が、無い?」 「はい」 「どうして…」 「こんな話は、止めにしましょうよ」 「…それもそうですね」 それから暫く、私と男は下らない話をしながら、酒を飲んでいた 初めの内、私は男を無口だと思っていた しかし、それはどうやら違うようで、男はよく喋った 元々、どんな仕事をしていたのかは知らないが、話が上手で聞いていて飽きなかった 夜も更け、お互いに酒が回ってきた 酔う前よりも饒舌になった男は、一つの話題を繰り出した 「…ピエロって、知ってますか?」 「あの、人を笑わせる?」 「まぁ、そんなとこです」 「どうしたんですか、いきなり…」 「…魔が差した、って事なんでしょう 恐らく、貴方が私に話しかけたのと同じようなものだと思います」 男は、人の感情や気分に敏感だった
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