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【奈落の底】 「吉川、手を離して。離さないと一緒に落ちちゃう。吉川だけでも上に上がって。私は私でなんとかするから。このまま吉川まで地盤沈下に巻き込まれたら――みんなが悲しむよ」 「バカなこと言うなよ! 団長がいなくなっても皆が悲しむんだ! 絶対に二人で生きて帰らなきゃいけないんだよ!」  ごめんね、という呟きは彼に聞こえたのだろうか。私の意図を察したのか吉川は血相を変えて叫ぶ。 「後でちゃんと捨ててね、私の手首」  ちゃんと笑えていただろうか。力の入りにくい左手で、自分の右手首を掻っ切る。さすが浅間さんの作ったもので、一度も引っかかることなく切断は完了した。  落ちていく。堕ちる、奈落の底へ。でもこれでいいんだ、と瞳を閉じた。  すぐに振動を感じて目をまた開いた。まさかまだ底ってことはあるまい。そして地面に叩きつけられたならこんなに痛くないはずはない。  白いロングコートに、雪のような白い髪。落ちていく岩を足場に飛び上がる。その手があったか、とは思ったが絶対自分では出来ない技だ。  地上に戻ると何故か右手の痛みは感じなくなっていて、相模さんが何かしてくれたのだろうかと彼の表情を伺おうとすると、吉川の怒号が聞こえてきた。 「なんであんなことしたんだ! 相模さんがいなかったらどうなってたかわかってるのか!?」  わかってる。そのつもりで落ちたんだから。 「まず手首の応急処置が先」  相模さんはそう言って私の手を取る。本当馬鹿だよね、と小さな呟きが耳に届いた。
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