第1章

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タクシーの支払いを済まし、マンションのエントランスへと向かう。暗証番号はもう何度もプッシュしているので、なんとも慣れたものだ。そんな自分の指の動きに嗤ってしまう。 婚約者ができたばかりの女の行動とは思えない―。 普通はもっと喜びを家族や友達なんかに報告するのではないだろうか。 でも私はちゃんと一歩を踏み出した。あの男とケリをつけようと、ここにやって来たのだから。 部屋に入るといつものコーヒーメーカーに電源を入れる。豆はキッチンにあるものをセットし、ゆっくりとコーヒーを落としていく。 プレゼントなど一切しない男だったが、私がコーヒー好きだと告げると、次に会った時にはこのコーヒーメーカーが部屋にあった。 「お客さんがこのメーカーに勤めててね。好意で貰ったんだよ。」 あっさりと男は言い放ったが、そのお客さんとは某メーカーの代表取締役だ。男は弁護士なんていう器用な職業だから、なかなか大物の顧客を持っているらしい。 そんな過去の一場面をふと思い出しながら溜め息をついた。 「…本当に、最高の男なんだけどね…。」
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